上場を達成するためには、直前々期から監査法人による監査意見を得る必要があります。

監査法人がその監査意見を表明するまでのプロセスにおいて、いくつもの「監査判断」を積み重ねることになります。

上場を目指す会社関係者が上場準備を進めるにあたって、監査法人が監査判断をどのような考えに基づいて行っているのかを意識するのは、重要であると思います。

そこで今回のテーマは「監査判断」です。

元Big4監査法人のパートナーを約17年もお勤めされていた公認会計士てりたま様の第2回目の記事になります。

てりたま様には、「IPOを目指す会社が監査法人をどのように利用すればよいのか」というテーマで記事を執筆していただいております。

第1回目は、こちらになります。

上場準備会社に対する監査法人の体制とは

特に上場準備を進める経理部門の方にご一読いただければと思います。

出動します(てりたま)

IPOを目指す会社に監査法人が入ったばかりの時期は、「監査」というよりも「指導」が中心になります。監査を受ける体制を整えていただき、IPOができる会社になっていただくための指導です。
最初は、どの会計士も瞬殺で「これはダメですよ」と言うような指摘が中心です。必要な規程がない、原価計算制度がない、部分的に現金主義会計になっている、といったもの。これに対応するだけでもたいへんです。

そのうち、だんだんと会計士も悩むようなテーマが出てきます。例えば、売上計上基準。顧客に提供するサービスや商品が複雑だと、どのタイミングで、どの金額で売上を計上するか、はなかなか難しい問題です。

そうすると、担当する監査チームの判断が重要になります。また、会社としては納得できない、ともめる原因にもなります。

「監査判断」とは

監査は、スタートからゴールまで、判断の連続です。そもそも監査を受注するかという判断もあれば、最終段階で監査意見が出せるかどうかという判断もあります。

監査判断は、さまざまな局面で行われますが、特に上場準備会社にとって影響が大きいと考えられる監査判断には、以下のようなものがあります。

会計処理や開示についての判断

クライアントの会計処理は認められるか、注記の記載内容は十分か、など。

内部統制に関する判断

承認印が漏れていたときに、内部統制の不備なのか、ほかの証拠から承認はされたことが確かめられてOKなのか。

監査手続に関する判断

識別したリスクに対して、残高確認を行うのか、何件の確認状を送る必要があるか、返送されなかったものをどう取り扱うのか。

この中で、監査手続は会社とは関係ない、と思われるかもしれませんが、資料依頼があったり、質問が来たり、確認状のように送付先に事前に連絡が必要だったり、差異の分析を求められたり、といった負担が生じます。

監査法人が行う「監査判断」の論点

先ほど触れたように、監査の論点には、ほとんど判断が必要ないものから、ぎりぎりアウトかセーフか微妙なものまであります。後者は、会計士によって判断が変わる可能性があります。

監査では、会計基準と監査基準というよりどころがありますので、判断に幅がある、と言ってもピンと来ないかもしれません。

しかし基準はあるものの、会社によって、取引によって実態は多種多様ですので、ぴったりとあてはまらないものがたくさんあります。

また、資産の評価減や引当金の計上など、「会計上の見積り」と呼ばれるものも一律の判断が難しいところです。

監査チームは、まず、基準に照らして理詰めで説明できるか、裏付ける証拠は十分かを検討します。

さらに、監査法人内の審査に通らないリスクや、あとで公認会計士・監査審査会による検査及び日本公認会計士協会による品質管理レビュー(以下、総称して「外部検査」)を受けたときに否定されるリスクを考えます。

自分たちでは大丈夫だと思っても、あとでダメになるとクライアントに迷惑をかけ、自分たちもつらい立場になるためです。

監査を依頼した会社としては、例えば売上高で言うと、想定していたよりずっと後にならないと計上できなかったり、売上と原価をネットして利益部分だけ計上するべき、と言われると段取りが大きく狂います。しかし、会社の見解を熱弁し、監査チームの同意を無理やりでも取り付ければよい、というような簡単なものではありません。

ぎりぎりの線を狙うほど、あとで監査法人内の審査その他により判断が変わってしまう可能性は高くなります。

会計士が監査判断で苦労するケースはいろいろありますが、主に次の3つがあります。

    1. 監査判断を難しくさせる論点
    2. 上場準備会社の体制が、スムーズな監査判断のためには不十分
    3. 上場準備会社の理解や協力が十分でないため余分な監査判断が発生

一つひとつ説明していきます。

「監査判断」を難しくさせる論点

小売店舗での販売を考えてみましょう。通常は、店頭でお客さんに商品を売り、対価をいただいたときに計上すれば終わりです。

しかし、店舗販売でも、製品保証、アフターサービス、付帯サービス、ポイント、返品などがあれば会計上の取り扱いの検討が必要です。どのように会計処理するか、見積りの要素があればどのように見積もるのか、といったことに判断の幅が生じます。

このように、案件が複雑になると、監査判断が必要な論点が増えますし、個々の論点も見積りがからむと難易度が上がります。

また売上が期末に集中している会社であれば、いわゆる”押し込み販売”をしていないかどうかについて入念な確認を要することになるため、毎月安定した売上計上している会社よりも監査判断が難しくなります。

ビジネスの特性にかかわらないことでも、監査判断を難しくする論点は発生します。例えば、本業と関係のないところで訴訟を受けた、社宅の土地から有害物質が出た、といった場合です。

上場準備会社の体制が、スムーズな「監査判断」のためには不十分

製品保証、アフターサービス、付帯サービス、ポイント、返品、全部あります、というときに、それらを会計基準に照らして判断するのは、監査を受ける会社の仕事です。

ところが、会社が十分にやっていなかったらどうなるでしょうか?

監査人としては、「これでは監査できません、ちゃんと検討できたら連絡ください」と帰ってしまうこともできますが、大半のケースでは、それでも何とか監査を進めようとします。上場準備会社であればなおさらです。

そうすると、本来クライアントが判断し終わってからチェックすればよいことが、監査人が情報を集め、検討し、勝手に決められないのでクライアントとも協議を重ねる、といった手間がかかります。

上場準備会社の理解や協力が十分でないため余分な監査判断が発生

望ましい会計処理が別にあるのに、クライアントのさまざまな事情で独自の処理を変えたくない、ということがあります。独自の処理が明らかにアウトであれば、それを伝えて変更を促しますが、ぎりぎりセーフかどうか、というときに難しい判断になります。

これとは別に、監査手続でも、ほしい情報が入手できない、というときにも問題になります。顧客の受領書がない、データや伝票の保存期間が短い、機密性が高いからと提供を拒まれる、といった場合です。それなしに監査できるのか、ほかにどのような手続で補うのか、といった判断が必要になります。

このように監査判断が必要になると、監査工数はそれだけ増えることになります。

また、難しい判断になるほど、監査チーム内の上の役職者の関与が増え、また本部を巻き込むことになりますので、単価の高い人の割合が大きくなります。

監査法人による「監査判断」のプロセス

監査判断があとで変わって困ることにならないように、判断のプロセスを理解しましょう。

まず、重要性がない案件や、結論が自明の案件は、監査チームの担当者が答えてくれて、それで完結することがあります。後で見解が変わるリスクは小さいといえますが、将来重要性が増すなど状況の変化には注意しておく必要があります。

重要性があり、判断が難しい案件になると、監査チームの担当者に相談しても、判断はマネジャーやパートナーが行います。パートナーは、自分で判断してしまえるのか、審査に相談する必要があるのか、さらに監査法人の本部への相談まで必要か、を決定します。

大手法人の本部は、全国から集まる案件をさばいています。集中管理することで、検査動向も見すえた最新の情報に基づいて、統一的に判断することができます。ただし、本部に相談することになると、時間がかかることが通常です。

それでは退出します(てりたま)

まとめ

監査を受ける上場準備会社にとっては、見えづらい「監査判断」。

皆さまが監査を理解し、監査法人とうまく付き合うためのヒントになればと思いますが、いかがですか?

また、監査判断で監査人が苦労すれば、それだけ監査工数も増えますので、監査報酬の増加要因になります。その意味でも、上場準備会社が監査判断の背景やプロセスを理解することは重要と考えます。

てりたま様は、監査法人で監査をする方向けにNOTEがあります。こちらになります。

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