
上場準備段階において発行したストックオプションのほとんどは、在職していなければ、権利行使できないような設計になっています。
某ユニコーン企業で上場達成会社の社長が某セミナーで「ストックオプションを発行するのであれば、退職後・退任後も権利行使可能なストックオプションにしていればよかった」と仰っていました。
そこでブログの中の人の経験から「退職後・退任後も権利行使可能なストックオプション」についての個人的見解を述べさせていただきます。
「権利行使の条件」の事例
退職後・退任後も権利行使できるかどうかについては、「権利行使の条件」という中で記載されている事例が多くあります。
上場企業のプレスリリースでいくつかパターンを紹介させていただきます。
Zホールディングスのストックオプションの権利行使の条件
新株予約権者は、新株予約権の権利行使時においても、当社又は当社の関係会社の取締役、監査役、執行役、執行役員又は使用人の地位にあることを要します。ただし、任期満了による退任など当社取締役会が正当な理由があると認めた場合はこの限りではありません。その他新株予約権の行使の条件は、当社と新株予約権者との間で締結する「新株予約権割当契約書」に定めるところによります。
原則、退任退職すれば、権利行使できません。
しかし取締役会が認めた場合、退任退職後も権利行使可能なストックオプションになっています。
エムスリーのストックオプションの権利行使の条件
記載なし
記載が無いため、退職退任後も可能なストックオプションであると思われます(プレスリリースに記載していないだけであり、権利行使不可となっている可能性もあります)。
スリー・ディー・マトリックスのストックオプションの権利行使の条件
- 新株予約権者である当社又は当社子会社の役員又は従業員は、新株予約権の行使時において、当社又は当社子会社の役員又は従業員であることを要する。ただし、当社もしくは当社子会社の役員が任期満了により退任した場合又は当社もしくは当社子会社の従業員が定年により退職した場合その他正当な理由がある場合は、この限りではない。
- 前号にかかわらず、新株予約権者が新株予約権の行使期間の開始前に死亡した場合、新株予約権の行使期間開始後 6 ヶ月を経過する日までの期間に限り、新株予約権者の相続人は、新株予約権を行使することができる。また、前号にかかわらず、新株予約権者が新株予約権の行使期間の開始後に死亡した場合、新株予約権者死亡後 6 ヶ月を経過する日までの期間に限り、新株予約権者の相続人は、本新株予約権を行使することができる。
- その他権利行使の条件は、株主総会および取締役会の決議に基づき、当社と新株予約権の割当を受ける者との間で締結する割当契約に定めるところによる。
任期満了または定年、死亡(一定の条件あり)の場合による退任退職の場合、権利行使が認められます。
Zホールディングスのストックオプションとは違い、取締役会決議が必要ありません。
ティーケーピーのストックオプションの権利行使の条件
- 新株予約権の割当てを受けた者は、権利行使時においても、当社または当社子会社の取締役若しくは従業員のいずれかの地位にあることを要する。但し、正当な理由があると取締役会が認めた場合にはこの限りではない。
- 新株予約権者が死亡した場合、その相続人による新株予約権の行使は認めない。
退職退任した理由が正当な理由であると取締役会が認めた場合、退職退任後も権利行使が可能なストックオプションです。
正当な理由の中には、死亡による退職退任が入っていないストックオプションになります。
カヤックのストックオプションの権利行使の条件
- 新株予約権の割当てを受けた者は、権利行使時においても、当社または当社子会社の取締役、従業員の地位にあることを要す。
- 上記の規定にかかわらず、本新株予約権者が死亡した場合、本新株予約権者の相続人は、本新株予約権者の死亡の日より 1 年間経過する日と行使期間満了日のいずれか早い方の日に至るまでに限り、本新株予約権者が生存していれば行使できるはずであった本新株予約権を行使することができる。
死亡理由以外で退任退職をした場合、権利行使が認められていないストックオプションになっています。
5社のストックオプションの比較
5社のストックオプションをざっくりまとめますと以下のとおりになります。
退職理由 | 定年・任期満了 | 死亡 | 定年・任期満了・死亡以外 |
---|---|---|---|
Zホールディングス | 取締役会決議 | 取締役会決議 | 取締役会決議 |
エムスリー※ | 〇 | 〇 | 〇 |
スリー・ディー・マトリックス | 〇 | 〇 | 決議方法不明 |
ティーケーピー | 取締役会決議 | × | 取締役会決議 |
カヤック | × | 〇 | × |
※ 全て「〇」としていますが、違う可能性もあります。
この他にも、×が3つ並ぶストックオプションも間違いなく存在しますが、30社ほど探した所で力尽きました。
IPO AtoZの中の人が考える「権利行使の条件」
ブログの中の人は、Zホールディングスまたはティーケーピーのタイプを推薦しています。
つまり「退職・退任者が出る都度、どうするかを考えたらええやん!」というタイプです。
退職・退任後も無条件で「〇」にすることは止める方がいいと思います。
例えば、役員が管掌部門または自分自身が問題を起こした事で退任することになったとしても、退任したタイミングがたまたま任期満了だったという事もありえます。
つまり、いくら仕事の功績があった人でも、退任退職時にキレイな辞め方をしなかった人に対しては、ストックオプションを権利行使させないようにすべきじゃないのか?というような議論が出てくると思われるためです。
また、その一方、全て「×」も後々、後悔することがありそうです。
退職者も権利行使可能にするストックオプションの留意事項
ブログの中の人は、前職の証券会社でストックオプションの管理業務を行った経験があります。
その時のクライアントからの相談内容を思い出しながら、退職者も権利行使可能にするストックオプションを発行する場合、以下のような留意事項を列記されていただきます。
ストックオプションの効果が低減する
株式上場を達成すると、特に株式上場準備に携わった役職員のキャリアのプラスになり、転職活動において「私は、前職のIPOに貢献しましたぁ!」と堂々と言えるようになります。
ストックオプションには、そのような事を考える人に対し、「せめて、すべて権利行使が終わるまで、会社に留まろう」と思わせるようにする退職の抑止効果を期待できるような設計が可能です。
しかし、退職者でも無条件に権利行使可能にしてしまうと、退職に対する抑止効果をストックオプションが担えず、反対に「ストックオプションを貰ったら、サッサと会社を辞めちゃおう!」と考えてしまう人が増えてしまうリスクが発生してしまう事が懸念されます。
したがいまして、退職・退任者は、原則ストックオプションの権利行使が出来ないような設計にし、やむを得ない事情による退職・退任した人に限定すべきと考えます。
退職者と連絡を継続しなければいけなくなる
上場申請資料には、Ⅰの部という資料を提出する必要があります。
その中には、【株主の状況】という項目がありまして、ストックオプションの保有者の名前と住所を記載することになります。
上場申請資料の作成担当者は、実務上、東証への上場審査申請前、そして有価証券届出書の校了日の直前の2度、「引越した人、いませんかぁ?」と全株主へ問い合わせる事になります。
現存する社員だけがストックオプションの保有者であれば、その確認作業は、全社メールで一発楽チン解決ですが、退職者に対しての連絡は、スムーズにいかないケースがある事を考慮すべきと考えます。
また上場直前でのコミュニケーションは、情報管理の上でも、課題が発生します。
相続の事務手続き発生と面倒に巻き込まれる
もし、相続人に権利行使可能なストックオプションを発行し、その後、ご不幸があったと仮定します。
事務局は、ストックオプションの付与対象者にご不幸があった場合、最低限、次のような作業が発生します。
- 指定証券会社に相続人によるストックオプション権利行使手続きについてヒアリング
- 相続人に「〇さんは、ストックオプションを持っていますよ」という案内
- 相続人に「ストックオプションとは何か?を説明」「権利行使手続き説明」「指定証券会社への口座開設案内」を説明
- 権利行使手続き
これだけの業務が増すだけではなく、相続のトラブルに巻き込まれる懸念があります。
ブログの中の人は、ストックオプション管理担当者から「相続人の間でトラブルが発生してしまった。そのトラブルに巻き込まれ、何度もストックオプションの説明をすることになりました。」と聞いたのは1回や2回ではありません。
10年近く前ですが「いやぁ多分、当初、遺産を持っていないとご遺族が思っていたのが、ストックオプションが出てきたという事を知って、ご遺族内が急に混乱したみたいなんですよ。私はご遺族から『どっちの味方してるのよ~!!』と八つ当たりされてしまいました(泣)。良かれと思っている事が仇となってしまったかもですね(´;ω;`)ウゥゥ」と、ストックオプションの事務局の方がおっしゃっていました。
人間模様を垣間見るようです。
上場準備で忙しい中。。。。
ご苦労様です。
投資家からネガティブに捉えられる
上場達成すれば、Ⅰの部にストックオプションの権利保有者の名前がズラズラ~っと並びます。
その名前に元社員や元役員が連なっている場合、投資家にとって間違いなくネガティブです。
今後の企業価値向上に向けて働かない人のために、一株当たりの利益が減額されてしまう可能性があるためです。
まとめ
退職後・退任後も権利行使可能にするストックオプションの留意点について紹介させていただきました。
上でも記載しましたが、ブログの中の人は、退職・退任者に対するストックオプションの処遇は、一律に考えるのではなく、その都度、検討する方が良いと考えています。
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