「原価計算」が「IPOへの最初の壁」に立ちはだかります。
特にソフトウェア開発、メーカー、建設・建築関係の会社では、原価計算制度の構築だけでIPOを1期だけではなく、2期延期したという例は山のようにあります。
ここではIPOを目指す会社における原価計算の重要性や位置づけについて説明させていただきます。
原価計算がなぜ必要なのか
「なぜこんなに原価計算を厳しくやらなくちゃいけないのか?」という言葉をよくききます。
それは原価計算の目的や位置づけが、これまでと明らかに異なるためです。
これまで:「商品やサービスの価格の決定」が主目的
今後:「財務諸表の作成」「予算管理」「原価管理」など複数の目的が存在
IPOを目指す前、原価計算とは、商品やサービス提供に対する販売単価を決めることが全てであり、極端な話ですが、商売の損得だけを知ることが出来れば十分という会社は意外と多いのが実情です。
上場を目指すとなれば、原価計算に関して、次のような目的が極めて重要視されます。
財務諸表の作成
毎年赤字を垂れ流しているメルカリの株は、なぜあんなに人気があるのでしょう。
これは、売上総利益の伸長ぶりに、将来性を期待できると考える投資家が多くいるためです。
営業利益は管理部門の人件費や広告費用、研究開発費等をリストラすれば一時的な改善でき、経常利益は有価証券等の売却益、助成金収入等で、当期純利益は企業資産売却などで改善できます。
一方、売上総利益は、本業が伸びないと一切伸ばすことができない利益であるため、営業利益や経常利益、当期純利益に比べると、連続性が保たれやすく、一時的なリストラや施策で”ごまかし”が効きづらい利益になります。
どの会社でも、当期純利益率が前年比10%下がることより、売上総利益率が前年比10%下がる方がはるかに経営にダメージが大きいはずです。
他にも理由はありますが、このような背景があり、原価計算は財務諸表の作成のために、高い精度を求められます。
予算管理
上場会社は、決算短信で業績予想を発表し、その業績予想から一定の乖離が生じることが明らかになれば、情報開示しなければいけません。
プレスリリースや事業報告、有価証券報告書では、業績予想と業績結果の差異の要因について記載する必要があります。
どの会社も差異が生じるのは、当然ですが、例年差異が大きな会社、またはその差異を改善しようとしない会社は、業績予想に対する信用が低いため、投資家の投資対象から外れます。
東証は、そのような会社の上場を認めていません。
上場会社として相応しい会社の条件として、投資家から信用の高い会社を売上~原価~販売管理費~営業外収支に至るそれぞれの見通し(予算)と結果の差異を科目ごとに分析して、優先順位が高い順番から改善することが求められます。
精微な原価管理を行っていない場合、コスト面の差異分析に対する説明が十分に出来ないと判断され、IPOが出来ないということになります。
原価計算制度の整備
原価計算制度の整備に向けて、IPOを目指す会社はいろいろ活動しなければいけません。
- 生産管理のデータ分析、工程別の作業時間の実測、在庫の受払記録など、製品・サービスを生みだすための生産形態を分析します。
- ストップウォッチを使って作業工程別に人の作業を実測する事、各製造ラインのスペースの広さ等を計測します。
原価計算は、多種多様なデータを処理する事になります。経理担当者が手作りでエクセルを使った手作業で原価管理をするのは極めてハードルが高いため、原価管理システムの導入が不可欠です。
原価管理は、システムの開発導入で終結するのではなく、チェックを継続しながら適宜修正して、原価計算の精度向上をするための活動を行い続けることになります。
- 遅くとも直前々期末までには、一定以上の原価計算制度を確立する必要があります。(しかし、直前々期末にようやく完成したとしても、遅いかもしれません)
- 原価計算制度の確立は、生産形態の分析~システム開発に至るため、年単位の長期間になる事があります。
原価計算に関するおススメ本
原価計算に関する本を選ぶ際のポイントは、「実務本を選ぶ」「発行年月が出来るだけ新しい本を選ぶ」「簿記検定向けの本を選ばない」です。
管理会計(第七版) 著者名:櫻井通晴 出版社:同文舘出版
監査法人との間で原価計算や管理会計について、議論が発生したときに辞書代わりとして使うことができる本です。原価計算の専門書の中では比較的新しく発行されたものであるため、IFRSの対応、コーポレートガバナンスコードとの関連といった論点が整理されていますので、この本を買えば長期に渡って参考にできる専門書です。