東芝などの大手をはじめとする不適切会計の余波を、昨今IPO業界全体では、「監査難民」という形で影響を受けています。今回は、2019年2月にIPOを達成した識学を通じて、「監査難民」について考えました。

監査法人との関係をお困りの会社の方々がお読み頂ければと思います。

監査難民とは

監査難民とは何かは、こちらをご参考ください。

監査難民【IPO用語】

Ⅰの部チェック

識学のIPO

株式会社識学は、法人向けのコンサル企業でありまして、Ⅰの部を読むと

  1. 第1期:社員4名のみ、第2期は社員14人で赤字転落
  2. 第2期(上場申請直前々期):四大監査法人の一角を占めるEY新日本有限責任監査法人(以下、「EY新日本」といいます)がショートレビューを実施し、監査契約を締結する。その監査報酬は、ショートレビュー50万円を含め、年度550万円のみ。
  3. 第3期(上場申請直前期):監査報酬1,060万円。第3期を直前期としてスピード上場達成。

以上の事実を簡単にまとめてみますと、

「EY新日本の営業担当者が、識学という胡散臭い理論をもつ、設立して間もない社員数たった4名だけの弱小コンサル会社へ暇つぶしに訪問したつもりが、『この会社は、スピード上場出来る!』と評価が一転し、EY新日本のパートナー達を本気にさせて、“手弁当”でショートレビューと監査契約を締結して、一気に株式上場を成し遂げた!」
というストーリーがあったと勝手に想像しています(「胡散臭い」「暇つぶし」「手弁当」は大袈裟な表現ですが・・・)。

「業績や会社規模が一定規模あるにもかかわらず、監査難民状態にある会社」が何社も存在する一方、極めて小規模な会社であった識学は、なぜこのような状況で、四大監査法人の中にあるEY新日本と良好な関係を築くことができたのでしょうか?

ポイント

監査法人の選び方

汎用品を購入する場合、複数の会社に相見積もりをとり、一番安価な価格提示をした会社から商品を購入するということはよくあるケースです。

監査法人を選定する際も、同様な考えで選定していくことは可能なのでしょうか?

大手監査法人は離職率が高いなどの理由により慢性的な人員不足である一方、内部統制等で1社あたりの業務量が増大し、かつ案件数が豊富なため、IPOの受注案件を厳選しています。

そのような背景があるため、IPOを目指す会社による監査法人に対する需要が、監査法人がIPOを目指す会社に対する供給を上回っている状態にあります。

つまり汎用品の購買とは全く異なり、IPOを目指す会社が上から目線で監査法人を選ぶ事が出来ない状況にあるのが現状です。

したがいまして、IPOを目指す会社は、監査法人から選ばれるような会社になることがIPOを目指す会社にとって重要なことになっています。

では、どのような会社を監査法人は、好むのでしょうか?

監査法人が好む案件とは

監査法人にとって、会計監査はリスクをともなう業務であるため、「監査業務の作業効率が高く、安心感がある案件」を選び、反対に「監査業務の作業効率が悪く、不安が残る案件」を敬遠します。

ちなみに監査法人、特に大手監査法人にとって、監査報酬の多寡は、あまり重要ではありません。

「監査業務の作業効率と安心感」は、監査法人だけではなく、主幹事証券会社の公開引受部門の印象にも影響が大きく、上場準備作業のスピードを左右します。「監査業務の作業効率が高く、安心感がある案件」というのは、どのような案件なのでしょうか。

「監査業務の作業効率が高く、安心感がある案件例」
① 売上計上と原価計算がシンプル

(株)識学のような事業コンサル会社の売上高計上に関する証憑類は、コンサル契約書へ100%記載されているため、仕訳と証憑の突合せがしやすく、またその数は、一日に何十件に達するほどの数にならないと予想できます。また、事業コンサル会社は生産設備や仕入が無い等の理由から、原価計算がシンプルと予想できます。そのうえ識学の場合は、売上原価率が11%前後にすぎないため、原価計算を行うボリュームが少ないことも、プラスの印象を与えます。原価計算は、会計監査を開始した後に、監査法人と会社の間で“トラブルになる原因”になりやすいからです。
一方、小売や卸売り、メーカー、SIer等、毎日数多くの伝票が飛びまわり、また多法面に仕入や外注、生産設備等が絡む会社は、(株)識学とは正反対の印象をもたれやすいです。

② 資産内容の信頼性が高い

(株)識学のように、設立して間もない会社の監査を開始するメリットとして、ヘンな資産を保有している心配が少ない事があげられます。

 一方、多額の簿外資産や長期滞留債権、また本来費用計上で会計処理すべき資産を固定資産として資産計上しているような会社に対する会計監査は、腰が引きがちになります。
③ 経営者をはじめとし、コーポレートガバナンスに対する理解度が高い

監査法人の営業担当者は、訪問先のコーポレートガバナンスの理解度を瞬時に測ることが出来るような方ばかりです。監査契約締結が出来ない会社の多くは、監査法人の営業担当者から「コーポレートガバナンスに対する理解度が低い」と評価を受けている可能性が最も高いと考えています。

対策

監査難民にならないために

「監査難民」は最近生まれたような言葉ですが、上場準備段階において、監査法人と会社の間でもめていたのは以前からありました。このような状況になっている会社の多くは、

  1. 監査法人とファーストコンタクトを取る前の準備が不足していた
  2. 監査法人の使い方や接し方を間違っていた

という印象をもっています。「金を払えば、なんでも見てくれる」というような感覚や態度で監査法人と接すると、遅かれ早かれ、監査難民へ一直線です。監査法人を下請け先と同様の感覚で接するのは、厳禁です。

株式上場を目指し、監査法人を選定する場合、その前に、”一定の準備”を自社で行ってからにしましょう。丸腰状態で監査法人にコンタクトをとるのは、かえってIPOが遠回りになると考えます。少なくとも「業界の中では、結構、ちゃんと内部管理体制が準備できている部類に入る」という印象を与えるレベルになってから、監査法人にコンタクトをとるべきです。自社内で作業が出来ない場合は、IPOコンサルに相談しながら、準備を進めることをおススメします。

”一定の準備”とは、こちらをご参考ください。

「上場準備作業で最初にやること」とは【初期プロセス】