上場準備を始めるとなると、稟議システムを整備する必要がありますが、ほとんどの会社では、社内から総スカンを喰らってしまいます。
なぜ稟議が必要なのかは、こちらで紹介しています。ご査収ください。
やがて、社長の鶴の一声で稟議規程を渋々作成開始することになります。
稟議規程を作成するにあたって、ほとんどの会社で論点になるのが、3点になります。
ここでは、上場準備を始める会社関係者が稟議規程の作成時にありがちな3つの論点を整理して紹介します。
どのような場面で稟議が必要になるのか
会社の経営運営には、様々な場面で判断・決断が生じます。
昨日今日入社したアルバイトが判断出来る場面もあれば、取締役会や株主総会決議が必要になる場面もあります。
その判断・決断において、稟議という面倒なフローが必要になるのはどのような時なのか、一方どのような時に不要なのかについて、規程等で明確化する必要があります。
規程では、決裁権限規程とリンクさせ、決裁権限規程に明確化している例が多く存在します。
例を挙げますと次のようになります。
- 購入・支出関連
- ”一定金額”以上の経費の支出時
- 有形・無形固定資産の購入、売却、増改築、廃棄及び賃貸借をする時
- 賛助及び寄付をする時
- 新規店舗出店、退店時
- ”一定以上”の在庫リスクを伴う原材料の仕入時
- 人事・労務関連
- 新規採用時
- 人事異動時
- 表彰・懲戒時
- ”一定金額以上”の教育・訓練を実施する時
- 法務・総務関連
- 契約の締結及び解約をする時
- 免許、許認可及び届出等の手続きの開始時
- 商標、特許及びその他の知的財産の取得をする時
- マニュアル・基準の制定・改正・廃止時
- 資金等の運用
- ”一定額以下”の資金の借入をする際
- 資金等の貸付、債務保証をする際
上で取り上げた稟議の例の中で、契約締結時や人材採用時、人事異動時に稟議が必要な事は、社内コンセンサスが取りやすいと思います。
しかし一方、上で取り上げた「一定金額以上の経費の支出時」等におきまして、「一定金額」の具体的な金額の設定が必要になります。この金額の設定は、頭を悩ませます。
他社は、どうなっているのでしょうか?
極端な事例ですが、日本における超大企業である日本電産は、1円でも社長稟議が必要な事で有名です。
それに関する記事は、こちらになります。
この記事によれば、1円でも稟議を行う理由について、次のように書かれています。
職場で1円以上のものを購入する際には稟議書を書かせる「1円稟議」も徹底した。「稟議書を作成するだけで1円以上のコストがかかってしまう」とする批判の声も上がりそうだが、狙いはもっと深いところにある。たとえば、トイレットペーパーや鉛筆などであっても、納入業者の言い値で買っていないか、購入価格を他社と比較しているかなどを徹底して調べさせ、日常の意識や行動を変えさせることにあるのだ。
(出所:文春オンラインより)
日本電産の考えに感銘を受け、「1円から社長稟議」を採用すれば、実務面が煩雑になり、かえって稟議の形骸化が進むという懸念が増大するリスクが発生すると思います。
さらに社長のワンマン体制が進展し、プライベートカンパニーからの脱却を逆行する流れになり、上場審査等で上場会社として相応しくないと判断されるリスクが出てきます。
一方、ブログの中の人が勤務経験のある某社では、権限移譲を徹底的に進め、例えばグループ長決裁額が(確か)50億円でした(部長や社長の決裁上限額は、忘れてしまいました)。
権限移譲を徹底的に進めるのは良い事のように思えますが、人材豊富な会社にしか出来ない上、統制上の問題が発生するリスクが生じます。
日本電産は、倒産寸前の会社を立て直してきた歴史があります。そのような会社社員の意識改革の一つとして「1円稟議」を実施していると思われ、一般的な会社とは、状況が相当異なると考えられます。
権限移譲を徹底的に進めたブログの中の人が勤務経験のある某メーカーは、決裁スピードで海外の競合先に負け続けたという背景があります。
つまり「何円から稟議が必要になるのか?」「何円になれば社長稟議になるのか?」等は、社長の考えや会社の歴史、会社規模、人材等でピンキリだと思います。
重ねて申し上げますが、上場を達成するためには、プライベートカンパニーからの脱却が求められることもあり、一定の権限移譲が求められることになります。
どの金額の決裁から稟議を要するのか、どの金額ごとの適切な決裁者については、社長の考えを踏まえ、証券会社や外部コンサル等と相談しながら決定することになります。
ブログの中の人が携わった最近の案件事例では、次のようになりました。
表 決裁権限と稟議フローの可否事例
決裁者 | 稟議フローの利用 | |
---|---|---|
5万円未満 | 部長 | 不要 |
5万円以上50万円未満 | 取締役 | 要 |
50万円以上100万円未満 | 社長 | 要 |
100万円以上 | 取締役会 | 不要 |
出所:ブログの中の人が経験した事例(経費の支出に関する決裁)
決裁権限者自身が起案する稟議の取扱い
決裁権限者自身が行ってしまう公私混同を始めとする不正利用が多いのは、事実です。
稟議フローを導入する最大の目的は、不正を無くすことになります。
稟議の仕組みを構築するにあたって論点になりやすいのが、起案者と決裁者が同一人物の場合です。
起案者が決裁するという事は、不正を招きやすくなります。
そこで次のような取り組みが必要になります。
- 決裁者と起案者を同一人物にしない
- 決裁権限者は、あくまでも管理者として徹底することにより、起案をしないルールを作る
- 決裁権限者が起案する際は、決裁を他部署の決裁権限者、または1ランク上の人が決裁する
- 決裁者と起案者が同一人物の場合、決裁内容の確認フローを強化する
- 起案者と決裁者が同一人物の稟議がわかるようにする
- 起案者と決裁者が同一人物の稟議に対しては、内部監査又は監査役監査を入れ、チェックする
などの対策が必要になります。
稟議を要しない決裁の取扱い(いわゆる小口扱いの取扱い)
稟議の仕組みを構築するにあたって、ポッカリと穴が開きやすいのが稟議を要しない決裁です(以下では「小口扱い」といいます。)。
小口扱いが、領収書と精算、経理処理だけで終了というフローが多ければ多いほど、不正が起きる可能性が高くなります。
つまり、いきなり部長や社長が庶務の人に領収書をポンと渡して、「これ、領収書。処理しておいて。」というフローは、ダメです。
たった鉛筆1本でも同じです。少なくとも購入した鉛筆を庶務の人に見せることが必要ですよね。
小口扱いも、会社の資金でモノを購入しようとする際、稟議の考え方と同じです。鉛筆を購入する小口扱いは、次のようなフローが必要になります。
- 購入したいモノを決裁者に告げ、了解を得る
- 「担当者A:部長、鉛筆買いたいんですが、いいですか?」「部長:いいよ」
- 購入したモノを決裁者に見せる
- 「担当者A:部長、鉛筆買ってきました。領収書です。」
- 決裁者が購入物の有無を確認し、記録する
- 部長が領収書へ押印・サインをし、庶務に領収書を手渡し、経理処理し、精算手続きを行う。
- 上記3.の確認が適切に行われたかどうかのチェックをする
- 領収書の押印有無等を内部監査する。
これがちゃんと行われなかったために不正が起きた代表例が↓ですね。
野々村元議員が不祥事を起こした原因のひとつとして、兵庫県の県会議員は自由に出張が出来、出張の事実の確認を兵庫県が行ってこなかったという背景があります。
出張旅費精算の考え方も稟議の考え方と全く同じです。
小口扱いは、多かれ少なかれ不正が多発しやすいため、内部監査の対象にすべきです。
まとめ
稟議規程の作成時にありがちな論点を紹介させていただきました。
稟議の仕組みについては、社内で反対意見や苦情が出てきやすいため、推進メンバーは苦労します。
多くの会社は、”エイヤー”でとりあえず、稟議規程を作って運用を開始し、稟議規程の内容が会社にとって最適なのかどうかを直前期末までに話し合い、最適でなければ申請期の始めまでに修正することを考えるのが最も良いと思われます。
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