財務諸表に対する審査ポイント

IPOを目指す会社の財務諸表は、IPO審査の過程において、上場会社の財務諸表と比較されるのが一般的です。

それは経営成績の確認だけが理由ではありません。

財務諸表はコンプライアンス遵守と密接な関係があるためです。

例えば、営業外利益において、仕入割引の額が大きい会社に対しては、割引に使った利率は妥当なのかが確認ポイントになります。割引に使った利率が、親事業者(支払をする方の会社)の短期調達金利相当額の範囲内であれば,下請代金の額から割り引くことが認められますが,親事業者の短期調達金利相当額を超えて割り引きをすれば,下請代金の減額として下請法違反になるといわれています。つまり仕入割引の額が大きい会社は、下請法違反を行っている可能性があるため、IPO前の確認ポイントになります。

IPO不祥事の代表格であるエフオーアイは、売掛金が多額にありました。エフオーアイの財務諸表を同業他社と比較すれば、異常であることが商業高校の2年生レベルで十分把握できますが、エフオーアイはIPOしてしまったから、大変なことになりました。

また財務諸表は、営業や経営スタイルの特徴を示す場合があります。

例えば、子供用品トップの西松屋は、店をあえてガラガラにしている経営で有名です。この経営手法が財務諸表にも現れていることで有名です。

JTOWERの目論見書

2019年12月18日に東証マザーズへ上場した株式会社JTOWERの目論見書によると、直前期のB/Sに長期前受収益が20億円超計上されており、その額は直前々期より10億円超も増加しています。

前受収益は、企業会計原則注解で以下のように定義されています。

前受収益

前受収益は、一定の契約に従い、継続して役務の提供を行う場合、いまだ提供していない役務に対し支払を受けた対価をいう。

ちなみにJTOWERの比較対象会社として四季報で取り上げられている会社は3社(アルファシステムズ、ダイコー通産、アルチザネットワークス)存在しますが、1社(アルファシステムズ)の前受収益は少額であり、残りの2社の財務諸表(ダイコー通産、アルチザネットワークス)には前受収益が計上されていません。

JTOWERは、直前期末における負債純資産合計74億円弱、直前期売上高13億円という水準である会社であることからも、JTOWERの20億円を超える長期前受収益の計上額は、異質であることがわかります。

JTOWERは創業から毎年当期純利益が赤字となっていますが、営業CFでは14億円超の前受収益増に支えられて、12億円超のプラスになっています。

JTOWERの前受収益

JTOWERの経営は、前受収益によって支えられています。これは2つのポイントが出てきます。

相当な強みを持っている企業であると評価できる可能性がある
  • 通常の取引は、検収や納品後に支払われることが多い、つまり役務提供が終了した後に支払われることが多くなっています。しかしJTOWERの場合は、1年以上も先の役務提供を含めて、顧客から支払を受けている案件が多いことになります。これは技術やサービス内容等の強みを背景として、優位な契約を締結できている可能性があるということになります。
  • 残念ながら、JTOWERの目論見書では、十分な確認が出来ませんでした(会社設立以来、赤字を継続してIPOを行った会社は数多く存在します。会社設立以来、赤字を計上しているJTOWERは、そのような会社と比較すると、経営に安定感があるといえます。目論見書でそれをアピールしなかったのは極めてもったいないと考えます)。
親会社等からの支援であれば、IPOに問題が出る可能性がある
  • 親会社等関連当事者等との取引において、経営支援目的として優位な契約を締結し、多額な前受収益を計上していた場合、独立性の観点からIPOに支障が生じる可能性が出てきます。
  • JTOWERの場合は、関連当事者取引が無いことから、該当しないと思われます。

上場後のJTOWERの業績と株価は、極めて良好な状況です。

ここでは、事業内容を全く理解できない人が、財務諸表を見ただけで「この会社は強い!」と判断する例のひとつとして取り上げました。

ブログの中の人は、JTOWERの株式を購入し、少し儲けさせていただきました。