上場を目指す会社に長期滞留債権があれば、主幹事証券会社から早急な処理を求められます。

長期滞留債権の存在は、単なるキャッシュフローの面だけではなく、不正会計の可能性が出てくるためです。

長期滞留債権の回収は大変ですが、長期滞留債権の回収を断念することも大変です。

私が昨年までコンサルしていた上場準備会社における長期滞留債権の回収対応について紹介させていただきます。

この事例は、かなり特殊なケースなのかもしれませんが、上場準備の実務担当者の方々にとりまして、何等かの参考になれば幸甚です。

長期滞留債権

私のクライアントの中に、総合的な福祉サービスを展開する会社がありました。

その会社が行っているサービスの中に宿泊型の障害者支援施設があります。

宿泊型の障害者支援施設とは、知的障害者(以下「利用者」と言います)に対し、食事、睡眠、入浴、服薬、リハビリ等を24時間365日、支援する施設です。

その施設には、2年強に渡り、利用料を滞納し続ける利用者が存在していました。

その滞納額は、3百万円弱になっていました。

利用者は知的障害者なので、利用料の支払をする能力がありません。

したがいまして利用料の支払は、利用者の家族・親族が行います。

クライアントは、利用料滞納を続ける家族・親族に対して、過去に何度も督促しましたが一向に支払うような雰囲気が全くありませんでした。

全国の障害者支援施設や高齢者福祉施設では、利用料を滞納する利用者が散見されているようです。

経済的虐待

クライアントの利用料金は、障害年金額の範囲内に設定されています。

したがいまして、利用者家族にとりまして、利用料金支払による経済的負担が実質的にありません。

しかしなぜ利用者家族は、施設に対して利用料を支払わないのでしょうか?

理由は簡単です。

はっきり言って完全なる「経済的虐待」です。

「経済的虐待」とは、高齢者・障害者の年金等の財産を親兄弟親類が当該高齢者・障害者のために使わず、自身の生活費や遊興費に充当するような行為です。

なお、滞納を続ける家族・親族は、利用者と約3年間も面会や帰宅させようとしていません。

酷い家族です。最低です。

違反

増加する滞留債権

無論、利用者は「人間」です。一日三食の食事、歯磨き、ジュースや菓子等の嗜好品、散髪、病院への通院等をします。下着や靴下に穴が開けば、買い替えます。

その費用は、全額、施設が立替することになります。

したがいまして、滞納するのは利用料だけではなく、日用品の立替金も、毎日膨らんでいきます。

またその他に、特殊な事情がありました。

障害者支援施設の施設長と滞納を続ける利用者の自宅は、非常に近所にあり、施設長の子供へ逆恨みなど危害があるのではと考えていました。

クライアントの障害者支援施設に入所する際に締結する契約書には、利用料を滞納(3カ月間)すると退所することが明記されています。

しかしクライアントは、経済的虐待をするような家族の元に、利用者を強制的に帰宅させることは出来ないような状況です。

クライアントは、以上のような状況を複数の弁護士に相談しても、法的手段に訴えるしかアドバイスが出てこないため、弁護士は全く使えないと判断していました。

地元の自治体に相談しても、施設と家族間で話し合ってくださいとしか、返答が無かったようです。

そのような元で、私に相談がありました。

長期滞留債権の回収プロセス

私は、クライアントと一緒に、滞納を続ける利用者の実家へ訪問して交渉する事になりました。

最初に訪問した際、家族は完全に開き直っており、「裁判所に訴えるんやったら、訴えろ!」「お前ら、金儲けが目的か!」という有様でした。

最初の訪問から、半年程度の期間を要しましたが、何とか円満に解決することになりました。

円満解決に至るまで、主に次のようなプロセスで進めました。

現実的なゴールにする

この利用者の長期滞留債権の回収は、大変です。

滞納額を全額スパッと支払ってくれれば大成功なのですが、経済的虐待をするような家族が3百万円弱を一気に支払うなんて無理ゲーです。

そこで目標とするゴールを現実的なゴールに設置しました。

それは、「障害年金を振り込まれる銀行口座の管理を家族から離すこと」です。

家族に会う前に、滞納額の早期全額返済を断念し、今以上の滞納を防ぐ事を最優先にしました。

銀行口座の管理を問題の家族から離せば、滞納額の増大を止め、一気の返済は出来ませんが、滞留債権を安定的に減らす事が出来るようになります。

全額返済までには相当な時間を要しますが、最も現実的なゴールです。

経済環境改善を提案する

経済的虐待をする理由は、簡単に想像できます。

生活不安を抱えているためです。

そこで生活不安を少しでも取り除くために職の紹介、更にはクライアントの元で働く事も提案するようにしました。

「金払え!」という言葉を発するよりも、生活不安を取り除くための提案を積極的にすることにしました。

もしクライアントの元で働いたとしても、賃金との相殺は行わないと何度も説明しました。

なお滞留債権と賃金の相殺は、禁止されています。その事について記載された厚生労働省のサイトは、こちらになります。

最後は、良心に訴える

最後は、わずかに残っているであろう良心に訴えるしかないと考えました。

障害者支援施設で利用者と支援員が接しているところが写った写真、利用者に対する支援を記録した記録簿、また利用者のビデオ動画を持参し、支援員が利用者に応対しているところをアピールしました。

さらに利用者が抱える約3年間も会っていない家族に対する想いをビデオ動画で伝えました。

上場準備と債権管理

ここでは、ブログの中の人が体験したある福祉サービス会社の長期滞留債権の回収事例を紹介させていただきました。

この会社は、これまでも過去に長期滞留債権が発生した事があるらしく、入居者の死亡と同時に回収断念という事もあったらしいです。

そこでこの件をきっかけに、長期滞留債権が発生するリスクを低下させるような利用料金の支払方法に全面的に変更しました。

上場を目指す会社に求められるのは、しっかりとした債権管理をし、長期滞留債権の発生を事前に防止する取り組みを行う必要があります。
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