公正取引委員会は、主幹事証券会社が仮条件価格帯の幅の大きさについて,硬直的で狭い幅の基準を設けず,より需要に見合った仮条件価格帯の幅を設定すべきであると提言しました。

つまり公正取引委員会は、「仮条件の幅が狭いIPOは、発行価格が低く設定されているのでは?」という問題意識があるようです。

それを受け、日本証券業協会は、仮条件の範囲を拡大するとともに、主幹事証券会社において硬直的で狭い範囲とするような社内基準を設けないよう周知するとなりました。

その概要については、↓で説明しています。ご参考ください。

日本証券業協会「公開価格の設定プロセスのあり方等に関する」報告書案が公開

そこで東証に上場達成した会社の仮条件価格帯の幅について調べてみました。

仮条件価格帯の幅とは

仮条件価格帯の幅(以下は、「レンジ」といいます)は↓のような式で求めます。

レンジ=(仮条件上限-仮条件下限)/仮条件中間値

公正取引委員会の調査資料によれば、レンジの基準がある証券会社もあれば、基準がない証券会社もあり、まちまちのようです。

なお、2019年1月~2021年12月に東証でIPOした会社(TPM市場除く)のレンジについては、表1のとおりです。

表1 2019年1月~2021年12月に東証でIPOした会社(TPM市場除く)のレンジの中央値と平均値

レンジ
中央値 8.00%
平均値 8.59%

※ IPOAtoZ調べ

仮条件価格帯の幅と初値騰落率の関係

表2に2019年1月~2021年12月に東証へ上場した会社(TPM市場除く)の内、レンジが狭い会社上位5社を紹介します。

表2 2019年1月~2021年12月に東証へ上場した会社の内、レンジが狭い会社上位5社

社名 レンジ 初値騰落率 主幹事証券
1 AIメカテック 1.0% 1.1% みずほ
2 AB&Company 1.4% -6.0% 大和
3 メドレー 1.6% -2.3% 大和
4 ライフドリンク カンパニー 1.6% -7.0% 日興
5 バリオセキュア 1.8% -4.4% 野村

※ IPOAtoZ調べ

表3に2019年1月~2021年12月に東証へ上場した会社(TPM市場除く)の内、レンジが広い会社上位5社を紹介します。

表3 2019年1月~2021年12月に東証上場した会社の内、レンジが広い会社上位5社

社名 レンジ 初値騰落率 主幹事証券
1 ステムリム 51.9% -7.0% 日興
2 日本電解 31.8% 0.0% 日興
3 ローランド 27.6% -20.4% 日興
4 ダイレクトマーケティングミックス 21.6% -3.7% 日興
5 セルム 20.7% 17.3% 野村

※ IPOAtoZ調べ

表2と表3で紹介した10社中、7社も初値が発行価格を下回ったという結果からわかりますとおり、レンジが広い会社も狭い会社も初値騰落率は低いという結果になりました。ちなみに2019年1月~2021年12月に東証へ上場した会社の初値騰落率の平均は、平均84%、中央値46%でした。

なおレンジが広い上位5社中、発行価格が仮条件の上限にならなかった会社が3社もありました。

ブログの中の人は、グラフを作って、全企業のレンジと初値騰落率の関係を調べてみましたが、レンジと初値騰落率の間に相関関係は、全く見当たりませんでした。

  • レンジが広い会社と狭い会社は、初値騰落率が低かった
  • レンジの幅の大きさと初値騰落率の間に相関関係は、見当たらなかった

仮条件価格帯の幅と投資ファンドの持株比率

レンジが狭い会社と広い会社のVC比率について表4と表5に示します。

表4 レンジが狭い会社上位5社のVC持株比率

社名 VC比率
1 AIメカテック 100%
2 AB&Company 70.0%
3 メドレー 28.9%
4 ライフドリンク カンパニー 79.1%
5 バリオセキュア 100%

表5 レンジが広い会社上位5社のVC持株比率

社名 VC比率
1 ステムリム 25.3%
2 日本電解 89.0%
3 ローランド 94.9%
4 ダイレクトマーケティングミックス 95.7%
5 セルム 0%

表4と表5から、レンジが狭い会社もレンジが広い会社もセルムの除き、VCファンドの持株比率が比較的高い事がわかります。

このような会社の仮条件はVCのイグジットを重要視した発行価格で決めるためのレンジに決まった可能性がありますね。

ステムリムは、ロードショーで投資家からのウケが悪かったため、想定発行価格を大幅に下げた挙句、さらに発行価格は仮条件の下限で決まるというIPOでした。レンジが大きいIPOであることに疑問がありませんね。

セルムは、直前期、申請期とも2期連続で減収減益になるような会社であったため、ステムリムと同様、ブックビルディングで人気が出ない事を予想し、レンジを拡げたのではないかと推察します。

  • レンジが広い会社も狭い会社も発行会社側に理由があり、主幹事証券会社が一方的に進めたような推測が出来ずらい

初値騰落率が高い会社の仮条件価格帯

初値騰落率が高い会社のレンジについて調べてみました。表6に示します。

表6 2019年1月~2021年12月に東証上場した会社の内、初値騰落率が高い会社上位5社のレンジ

社名 初値騰落率 レンジ 発行価格 上場来安値※
1 ヘッドウォータース 1,090% 6.9% 2,400円 3,155円
2 フィーチャ 805% 9.8% 520円 435円
3 タスキ 655% 9.0% 670円 925円
4 Branding Engineer 495% 8.3% 490円 773円
5 ニューラルポケット 466% 11.0% 900円 922円

※ 本ブログ記事を作成した2022年2月3日終値までの上場来最安値

表6に取り上げた5社は、フィーチャを除き、発行価格が安かったと言えるかもしれません。

しかしIPOディスカウントが30%として考慮した場合、発行価格が安いと思われるのは、タスキとBranding Engineerの2社に絞られますね。

これらの会社のレンジは、表1に示す中央値(8.00%)や平均値(8.59%)と大きく乖離していない事からも、レンジ幅が狭すぎたため、発行価格が低くなっていると断言できるような会社は無いようです。

まとめ

仮条件価格帯と発行価格の関係について書かせていただきました。

以上を見た限り、「仮条件の幅が狭いIPOは、発行価格が低く設定されているのでは?」という公正取引委員会の問題意識が正しいと認識することが出来ませんでした。

公正取引委員会の資料には、↓のような文面が存在します。

書面調査対象の証券会社の 27.3%が,仮条件価格帯の幅の大きさについて,何らかの基準を設けているとしている。
証券会社からのヒアリングにおいては,「当社としては,仮条件価格帯の幅の基準はなく,純粋にロードショーにおける機関投資家からのフィードバックを見て判断している」との意見が示された。一方,「仮条件価格帯の幅が広くなりすぎると,投資家の意見が収れんできておらず,適切にバリュエーションができていないと判断されてしまう。このような事態とならないよう,発行規模ごとに需要の大きい投資家属性を見越して,あらかじめ目安となる幅を設定している」との意見も示された。

出所:公正取引委員会「新規株式公開(IPO)における公開価格設定プロセス等に関する実態把握について」より こちらになります。

仮条件価格帯の幅に関しては、証券会社の収益を主体にして設定しているとは言えないのではと考えます。

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