上場準備期間にストックオプションを付与する会社が多くあります。

その後、上場時期が近づいてくると、「新株予約権の消滅」や「新株予約権の消却」に関して話題になることが結構あります。

しかし実は、新株予約権の消滅や消却については、IPOの専門家でも、あまり熟知されていません。

IPOの専門家のほとんどは「司法書士や弁護士などの専門家任せ」が多く、深く関与しないためです。

そこでここでは、新株予約権の消滅と消却について、説明させていただきます。

新株予約権の消却とは

「新株予約権の消却」とは、「発行した新株予約権を世の中から完全に消し去る」という意味になります。

つまり、消却された新株予約権とは、地球上に存在しないという事になります。

新株予約権の消却手続き

新株予約権を消却する手続きは、

①消却したい新株予約権を会社が取得して自己新株予約権にする

②自己新株予約権を消却する決議をする

③登記、会計処理をする

となります。

自己新株予約権の取得

新株予約権の消却については、会社法276条で「株式会社は、自己新株予約権を消却できる」と定められています。

その他にはないため、新株予約権の消却は、自己新株予約権についてのみ可能になっています。

ストックオプションで付与した新株予約権は、付与対象者の財産であり、自己新株予約権ではありません。

したがいまして、会社が「Aさんが保有しているこの新株予約権を消却したい!」と考えた場合、会社が新株予約権をAさんから取得して、自己新株予約権にした後に、消却する手続きを進めることになります

取得条項付新株予約権の内容として「会社が別に定める日(会社法第236条第1項7号ロ)」を取得日と定めた場合には、その日を取締役会設置会社では取締役会決議によって定めなければなりません(会社法第273条第1項)。

「取得条項付新株予約権」とは、一定の条件や要件の下、会社が新株予約権者から、新株予約権を取得できる条項が存在する新株予約権をいいます。

また、取得事由が生じた日に新株予約権の一部を取得する旨の定めがある場合において、取得条項付新株予約権を取得しようとするときは、取得する取得条項付新株予約権を取締役会の決議によって定めることになります。

なお、取締役会を開催する2週間以上前に公告が必要になります(公告のための費用が必要になります)。

取締役会決議は、上述で取り上げたような取得条項に基づいた新株予約権取得時のみに必要になります。例えば合意に基づく自己新株予約権の取得の場合は、取締役会決議を必要としません。

自己新株予約権の消却

自己新株予約権の消却は、取締役会決議になります(会社法第276条)。

なお、取締役会決議では、消却する新株予約権の内容と数を定めることになります(会社法第276条)。

消却すると定められた自己新株予約権は、その決議と同時に消滅します。

取締役会での決議後、登記申請書等の必要書類を作成し、2週間以内に法務局で登記変更を申請することになります。

登記申請では登録免許税が必要になります。

会計処理

「会社法による新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い」では、自己新株予約権の会計処理について↓のように定められています(こちらになります)。

  • 自己新株予約権の取得時:その後、当該自己新株予約権を消却するか、処分するかが必ずしも明らかではないため、取得時には損益計上の会計処理がありません。
  • 自己新株予約権を消却時:消却した自己新株予約権の帳簿価額とこれに対応する新株予約権の帳簿価額の差額を、自己新株予約権消却損、又は自己新株予約権消却益等の適切な科目をもって当期の損益として処理することになります。

自己新株予約権とは

会社が自社の株式を取得して、自己株式にするには限度額があります(会社法第461条)。

一方、新株予約権を取得して自己新株予約権とするための限度額などは、会社法上、存在しません。

また、例えば、取締役会などの決議をせず、契約や合意だけで新株予約権者から新株予約権を取得できたり、組織再編行為の対価として自己の新株予約権の交付を受けることにより取得することも出来るなど、自己株式取得に比べると、非常にゆる~くフレキシブルになります。

自己新株予約権とは、会社自身が所有する新株予約権ですが、会社自身で権利行使出来ないことになっています(会社法第280条第6項)。

さらに、自己株式の処分とは異なり、自己新株予約権の処分は、会社法において規定が存在しないため、法律上、会社は特に制限なく自己新株予約権を処分することが出来ます(ただし、重要な処分に該当すれば、取締役決議が必要になります)。しかし税制適格ストックオプションの発行に伴う新株予約権を自由に処分することは、税制上リスクが発生することになります。

新株予約権の消滅とは

「新株予約権の消滅」とは、「新株予約権の利用価値が完全に失うこと」という意味になります。

新株予約権の消滅について、よくある誤解が「Aさんに割り当てた新株予約権は消滅したために、Aさんのものではない」です。

消滅した新株予約権は、消却や譲渡等がされていない限り、Aさんが保有し続けていることになります。

つまり現在、また将来も無価値のゴミのような新株予約権をAさんが保有しているに過ぎないということになります。

新株予約権を消却させるためには取締役会決議が必要になりますが、新株予約権の消滅は、会議体での決議を会社法上、特段必要としません。

なお消滅すれば、登記が必要になります。

新株予約権の消滅については、次のような場面で起きることになります。

新株予約権を行使出来なくなった場合

新株予約権は、新株予約権者が有する新株予約権を行使することができなくなった時は、消滅する(会社法第287条)と定められています。

次のようなことが消滅の要件として考えられます。

  • 新株予約権の権利行使期間が経過した場合
  • 新株予約権者が新株予約権の権利を放棄した場合
  • 業績達成要件が付された新株予約権であるが、その要件を達成出来なかった場合など

組織再編行為の場合

合併など、一定の組織再編行為においても、新株予約権は消滅します。

例えば、ストックオプションを発行した会社が合併して消滅会社になると、合併の効力発生日に消滅することになります(会社法第750条第4項など)

「新株予約権の消滅」と「新株予約権の消却」の違い

繰り返しになりますが、新株予約権を消滅するというのは、新株予約権を無意味化にすることになります。

また、新株予約権を消却することというのは、新株予約権を世の中から消し去ることになります。

そこで、新株予約権の消滅と消却について比較すると、次のようになります。

表 新株予約権の消滅と消却の主な違い

新株予約権の消滅 新株予約権の消却
新株予約権者が保有する新株予約権 直接消滅することがある 直接消却できない
取締役会決議 不必要 必要
自然に消滅・消却 自然に消滅することがある 自然に消却することはない

退職者が出た場合

上場を目指す会社の中で、ストックオプションを発行する割合は高い一方、ストックオプション割当対象者の中で退職者ゼロという会社は、ほとんどいないという現実があります。

一方、ほとんどのストックオプションには「新株予約権者は、会社から退職した場合には行使できない」ということが定められています。

その定めに対し、一般的には、「退職すると、その後は一切権利行使できない」と解釈され、「新株予約権を持つ社員が退職すると、新株予約権は消滅するの?消却させる手続きをしなくちゃいけないの?」という問題が発生することになります。

この問題は、上場前に顕在化することが多くあります。

退職者が出た都度、登記するなんて、手間とコストがかかって面倒ですよね。

そこで、自社が発行したストックオプションは、退職が新株予約権消滅のトリガーになるストックオプションであるかどうかの検討や判断が必要になってきます。

復職すると権利行使できるかどうか

一時的に行使出来なくなった新株予約権は消滅しておらず、一方、今後一切行使することが出来なくなった場合に消滅という規定が適用されます。

そこで「復職すると権利行使できる」と解釈出来るようなストックオプションの場合は、消滅のトリガーに退職が含まれていないと解釈できそうです。

このようなストックオプションは、退職しても、新株予約権は退職者の所有物でありますが、退職しているために実務的に権利行使出来ない”宙ぶらりん”の状況にあるという解釈になります。

このように解釈できるストックオプションの場合は、退職者が発生したとしても、いちいち消却手続きを行う必要性がありません。

一方、「1度退職してしまうと、復職しても権利行使できない」と解釈しなければいけないストックオプションは、消滅のトリガーに退職が含まれているという解釈になります。

主幹事証券会社の指導

主幹事証券会社の担当者の多くは、新株予約権が退職すると、ストックオプションは消滅したものと見做し、さっさと消却手続きを進めるように促します。

これは主に次のような理由と思われます。

  1. 潜在株式数を1株でも減らしたい
    • 潜在株式、つまりストックオプションの存在は、株価の形成にとってはネガティブ材料として判断されるケースがあります。そういったネガティブ材料を削減するために、1株でも潜在株式を減らしたいという主幹事証券会社側の思惑が存在します。
  2. 目論見書等から元従業員がストックオプションを保有していると見栄えが悪い
    • 上場時に提出、開示される資料(目論見書等)には、「株主の状況」という欄が存在します。その欄には、ストックオプションを付与した対象者の名前や住所等だけではなく、特別利害関係者等であるかどうか、又は従業員であるかどうか等の属性を記載することになります。「株主の状況」の中に退職者が存在していると、見栄えが悪いという判断が生じてきます。

まとめ

新株予約権の行使条件の定め方によっては、今後一切行使することが出来ないのかどうか、明らかではなく、権利保有者が誰になっているのか混乱するケースがあります。

ストックオプション発行時の段階で、退職者が出た場合を含め、どのようなケースになれば、新株予約権の権利行使が出来なくなるのかといった事を明確にすることが必要だと思います。