自社ソフトウェアに関する会計処理は、監査法人と議論になるケースがよくあります。
自社で利用するソフトウェアに関する会計制度については、「研究開発費に係る会計基準」に則った処理を行う必要があります。その会計基準に関連する「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針(会計制度委員会報告第12号)」には、以下のような記載が存在します。
自社利用のソフトウェアは、そのソフトウェアの利用により将来の収益獲得又は費用削減が確実であることが認められるかの判断により、処理が異なる。
将来の収益獲得又は費用削減が。。。 | 会計処理 |
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確実な場合 | 資産計上 |
不確実又は不明な場合 | 費用計上 |
自社利用のソフトウェアは、初めのうちは費用処理して、時期が来れば資産処理をする経理処理へ変更することが多いと思われます。
この指針には、どのようになれば、資産計上できるのかという事例がいくつかあります。
- 通信ソフトウェア又は第三者への業務処理サービスの提供に用いるソフトウェアを利用し、会社が契約に基づいて情報等の提供を行い、受益者からその対価を得る場合
- 自社で利用するためにソフトウェアを制作し、当初意図した使途に継続して利用することにより、会社の業務を効率的又は効果的に遂行することができると明確に認められる場合(ソフトウェア制作の意思決定段階からの制作の意図・効果が明確である場合)
- 間接人員削減による人件費削減効果が確実
- 複数業務を統括するシステム採用による入力作業等の効率化が図れる
- 従来なかったデータベース・ネットワーク構築による今後の業務を効率的又は効果的に行える
- 市場で販売されているソフトウェアを購入し、かつ、予定した使途に継続して利用することによって、会社の業務を効率化又は効果的に遂行することができると認められる場合
この指針には、どのような時点で資産計上を開始するのかも定めています。
自社利用のソフトウェアに係る資産計上の開始時点は、将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる状況になった時点であり、その時点とは、”そのことを立証できる証憑”に基づいて決定することになります。
この指針には、”そのことを立証できる証憑”の事例として、次のようなものを記載されています。
- ソフトウェアの制作予算が承認された社内稟議書
- ソフトウェアの制作原価を集計するためのプロジェクトコードを記入した管理台帳
以上だけをみると、IPOを目指す会社は、一定以上の売上を計上し、一定の会社規模を保有しているため、自社利用のソフトウェアについて、どの会社も多額の資産計上をしているように思えます。
スペースマーケットの目論見書チェック
2019年12月20日に東証マザーズへ上場した株式会社スペースマーケットの目論見書のリスク情報には、以下のような記載があります。
当社では、現時点において、ソフトウェア開発に係るコストを全額費用として計上しております。しかしながら、当社業績が継続的に拡大し黒字転換を実現したことを踏まえ、「研究開発費に係る会計基準」に従って資産計上することが適切であると判断した場合には、当該コストを資産として計上する可能性があります。
その場合には、当該費用が減少する一方で、資産計上額及びそれに伴う減価償却費が増加し、当社の業績及び財政状態に影響を及ぼす可能性があります。
また、資産計上後に、開発計画に変更が生じた場合や、収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった場合には、除却あるいは減損の対象となる可能性があり、当社の業績及び財政状態に影響を及ぼす可能性があります。
スペースマーケットは、住宅、会議室など空きスペースの貸し手・借り手のマッチングサービスを展開する情報通信業者であるため、ソフトウェアに対しては相当な投資をしており、売上をあげています。しかし、資産計上を一切せず、費用計上しています。なお、2019年9月24日に上場したChatwork株式会社(クラウド型のビジネスチャットツールを開発・販売している情報通信業者)も、自社ソフトウェアについて、同様な会計処理をしています。
スペースマーケットとChatworkが共通しているのは、両社とも会社設立以来、赤字を継続しているという点ですが、会社設立以来、赤字を継続したままIPOを達成したフリー株式会社は、自社ソフトウェアに対して資産計上をしています。
IPOを目指す会社は1円でもコストダウンすることを望むため、ソフトウェアに対して「費用計上」と「資産計上」を比較し、IPOまでのPLに有利な方を希望します。一方、監査法人と主幹事証券会社の担当者の多くは、将来のリスク低減を重視する傾向があるため、費用計上の方を好むケースが多いようです。
スペースマーケットとChatworkの経理部門は、おそらく監査法人の要請に押し切られ、保守的な経理処理(費用計上)をしたのではと推察します。ソフトウェアは無形であるという特性上、循環取引をはじめとする不正があった背景があるため、IPOを目指す会社と監査法人の間で、会計処理に関して細かな議論に発展するケースが多くあります。IPOを目指す会社は、ソフトウェアに関する証憑をキチンと整理し、監査法人と対峙できるようにしなければいけません。