例年、IPOを目指す会社の過半数が採用しているストックオプションを導入する際の実務について、連続で記事にします。

1回目は、「株価」についてです。

ストックオプションを発行するときに株価算定しなければいけない理由

ストックオプションを発行するときは、自社株式の株価を算定する必要があります。

それは主に税務面と会計面の両方に理由があります。

ストックオプションの税務

税制適格ストックオプションの要件の一つに次のような条文が存在します。

租税特別措置法第二十九条の二 第1項三号(マーカー箇所だけを読んでください)

当該新株予約権若しくは新株引受権又は株式譲渡請求権の行使に係る一株当たりの権利行使価は、当該新株予約権若しくは新株引受権又は株式譲渡請求権に係る契約を締結した株式会社の株式の当該契約の締結の時における一株当たりの価額に相当する金額以上であること。

この条文を解釈する上で最も重要なのは、ピンクのマーカー箇所「当該契約の締結の時における一株当たりの価額に相当する金額」です。

ストックオプションは、割当契約という契約を締結することになりますが、その契約の締結日の株価をしっかり算定しておかないと、税制ストックオプションとしての税制優遇措置を受けることは出来なくなるということになります。

ストックオプションの会計

ストックオプションの会計基準は、企業会計基準委員会企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」で定められています。

「ストック・オプション等に関する会計基準」の要約(非公開会社の場合)

「単位当たりの本源的価値」にストック・オプション数を乗じて算定した額を費用計上する。

「単位当たりの本源的価値」とは、ストックオプションの付与日時点においてストック・オプションが権利行使されると仮定した場合の単位当たりの価値であり、当該時点におけるストック・オプションの原資産である自社の株式の評価額と行使価格との差額をいう。

「自社の株式の評価額」というのは、株価のことになります。株価をしっかりと算定していない場合、株価と行使価格の差が不明になってしまうため、多額の費用計上をしなくてはいけなくなるかもしれません。

株価の算定方法

非公開会社がストックオプションを発行しようとするとき「ストックオプションの割当契約を締結する日の株価」の算定が必要です。

その株価を算定する際は、「所得税基本通達23~35共-9(株式等を取得する権利の価額)」を批准して算定することになります。

非公開会社が「ストックオプションの割当契約を締結する日の株価」を算定する際に利用する算定方法
  1. 最近において、株式の売買実例があった会社
    • 最近において売買の行われたもののうち適正と認められる株価
  2. 最近において、売買実例のなかった会社の内、事業の種類、規模、収益の状況等が類似する会社の株式の価額がある会社
    • 類似会社比準方式で算出した株価
  3. 1.または2.に該当しない会社
    • 純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる株価

(出所:所得税基本通達23~35共-9(株式等を取得する権利の価額)などを参考にして作成)

※ この他にも存在しますが、実質的には事例が存在しないため、削除しています

「ストックオプションの割当契約を締結する日の株価」を算定するにあたっては、3つのパターンがありますが、どれでも良いという解釈ではなく、優先順位が1.⇒2.⇒3.というようになっています。

つまり、最近において自社株式の売買実例があれば、その際に採用した株価が優先されることになります。

売買実例は、”最近において”行われた売買実例のことであり、一般的には「直近6カ月」と解されています。

これは、「法人税基本通達9-1-13 」などで述べられている基準が一般化しているようです。

株価算定における実務上の論点

「ストックオプションの割当契約を締結する日の株価」を算定する際によくある論点や注意点を次で紹介します。

「ストックオプションの割当契約を締結する日の株価」を算定する際によくある論点や注意点
  1. 第三者割当や株式譲渡等を行う予定、または行ったことがないか?
    • 「最近において、株式の売買実例があった会社」の「最近」というのはあくまでも過去6か月間の話です。つまり、ストックオプションを割当てする前に売買事例があれば、株価算定に影響が出ますが、ストックオプションを割当てした後の売買事例には影響がないという事になります。例えば、「ストックオプションの割当とベンチャーキャピタルへの第三者割当をほぼ同時期に行いたいが、株価を別々にしたい」と考える会社の場合、ベンチャーキャピタルへの第三者割当を先に実行してしまうと、ストックオプションで採用する株価に影響が出てくることに注意が必要になります。
  2. 類似会社比準方式を採用するためには、最低でも上場会社3社を選択しなければいけません
    • 「なぜこの会社を類似会社として選択したのか?」という質問に答えることができなければいけません。
    • 理想は、10社以上の候補を出して、業種や規模、利益率等を勘案し、5社程度に絞り込むというプロセスになります。
  3. 会計上の株価と異なる可能性があります
    • 税務で容認される株価は、会計上で容認されるとは限りません。もし会計上で認められる株価の方が高い場合、費用計上を求められる可能性が出てきます。なお、その費用につきましては、損金として認められない可能性が高いです。

IPOを達成した会社が採用した株価算定方法とは

2019年と2020年にIPOを達成した会社の内、ストックオプションを発行した会社がどのような株価算定方式を使ったのかを次に紹介させていただきます。

IPO達成会社が採用した株価算定方式
  • 「ディスカウントキャッシュフロー方式」により算定(ビザスクなど)
  • 「純資産価額算定方式」により算定(関通など)
  • 「類似会社比準方式」により算定(ヴィスなど)
  • 「ディスカウントキャッシュフロー方式」と「純資産価額算定方式」の折衷により算定(あさくまなど)
  • 「類似会社比準方式」と「純資産価額算定方式」の折衷により算定(ランディックスなど)
  • 「ディスカウントキャッシュフロー方式」と「純資産価額算定方式」と「類似会社比準方式」の折衷により算定(メドレーなど)
  • 「ディスカウントキャッシュフロー方式」と「純資産価額算定方式」と「配当還元方式」の折衷により算定(ダブルエーなど)
  • 「ディスカウントキャッシュフロー方式」と「類似会社比準方式」の折衷により算定(ギークスなど)
  • 「ディスカウントキャッシュフロー方式」と「取引事例」の折衷により算定(インティメートマージャ―など)
  • 「収益還元方式」と「純資産価額算定方式」の折衷により算定(NATTY SWANKY)
  • 「収益還元方式」と「類似会社比準方式」の折衷により算定(日本国土開発)
  • 「配当還元方式」と「純資産価額算定方式」の折衷により算定(ウィルテック)
  • 「純資産価額算定方式」と「PER算定方式」の折衷により算定(グラフィコ)