2021年4月13日に上場した紀文食品は、直前期の当期純利益が1,006百万円の黒字でした。
しかし、「包括利益」は1,806百万円の赤字でした。
IPOAtoZが調べた限り、2019年以降にIPOを達成した会社の内、当期純利益が黒字であった一方、包括利益が会社企業は、紀文食品だけでした。
IPOを目指すにあたって、制度会計制度を採用する必要があり、その準備を進めていく中で、初めて聞くような会計用語がいくつも登場します。
そのひとつに「包括利益」という利益が存在します。
「包括利益」は、特に海外からの投資を考える企業にとっては、重要性が高まる利益とも言われています。
ここでは、包括利益について、ビギナー用に簡単にまとめてみました。
包括利益とは
「売上総利益」「営業利益」「経常利益」「特別利益」「当期純利益」
これらは、IPOを目指す会社経営者であれば、誰でも知っている利益の種類だと思います。
しかし、連結財務諸表を作成するとなると、PLに記載する利益のバリエーションが急増します。
紀文食品のⅠの部を参考しますと、次のような利益が存在します(P/Lの上位順に並べています)。
- 売上総利益
- 営業利益
- 持分法による投資利益
- 経常利益
- 特別利益
- 税金等調整前当期純利益
- 当期純利益
- 非支配株主に帰属する当期純利益
- 親会社株主に帰属する当期純利益
- その他の包括利益
- 包括利益
- 親会社株主に係る包括利益
- 非支配株主に係る包括利益
わけがサッパリわかりませんね。
前でも説明しましたが、紀文食品は、直前期の当期純利益が10億円超の黒字であった一方、包括利益は18億円の赤字でした。
つまり当期純利益から、さらに28億円以上の何かに引かれてしまったため、包括利益が18億円の赤字になってしまったということになります。
実は、このような決算になった会社は、上場会社にとって、珍しい事例ではありません。
例えば、日本郵政の2020年3月期決算は、当期純利益が5,681億円の黒字でしたが、包括利益はなんと2兆2250億円の赤字でした(すげえ!)。
包括利益の定義
包括利益とは、企業会計基準第 25 号「包括利益の表示に関する会計基準」に定義されています。包括利益には、「包括利益」と「その他の包括利益」があります。
ある企業の特定期間の財務諸表において認識された純資産の変動額のうち、当該企業の純資産に対する持分所有者との直接的な取引によらない部分をいう。当該企業の純資産に対する持分所有者には、当該企業の株主のほか当該企業の発行する新株予約権の所有者が含まれ、連結財務諸表においては、当該企業の子会社の少数株主も含まれる。
個別財務諸表においては包括利益と当期純利益との間の差額であり、連結財務諸表においては包括利益と少数株主損益調整前当期純利益との間の差額である。連結財務諸表におけるその他の包括利益には、親会社株主に係る部分と少数株主に係る部分が含まれる。
当期純利益は、「いくら儲かったか」「いくら損をしたか」を表します。
一方、包括利益は「いくら純資産が増加したか」「いくら純資産が減少したか」ということになります。
包括利益の目的
包括利益の目的は、企業会計基準第 25 号「包括利益の表示に関する会計基準」にあります。
- 期中に認識された取引及び経済的事象(資本取引を除く。)により生じた純資産の変動を報告するとともに、その他の包括利益の内訳項目をより明瞭に開示することである。包括利益の表示によって提供される情報は、投資家等の財務諸表利用者が企業全体の事業活動について検討するのに役立つことが期待されるとともに、貸借対照表との連携を明示することを通じて、財務諸表の理解可能性と比較可能性を高め、また、国際的な会計基準とのコンバージェンスにも資するものと考えられる。
- 包括利益の表示の導入は、包括利益を企業活動に関する最も重要な指標として位置づけることを意味するものではなく、当期純利益に関する情報と併せて利用することにより、企業活動の成果についての情報の全体的な有用性を高めることを目的とするものである。本会計基準は、市場関係者から広く認められている当期純利益に関する情報の有用性を前提としており、包括利益の表示によってその重要性を低めることを意図するものではない。また、本会計基準は、当期純利益の計算方法を変更するものではなく、当期純利益の計算は、従来のとおり他の会計基準の定めに従うこととなる。
包括利益は、「リスクからの解放がされていない部分を含んでいる利益」といわれています。
つまり当期純利益と包括利益に差が大きな決算を出した会社のイメージは、会計処理上のリスクが大きな会社と言えるかもしれません。
包括利益の重要性
Ⅰの部には、「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等」という項目があり、この項目には「売上」や「営業利益」「EBITDA」など会社経営において、重要と考える指標を記載することになります。
IPOAtoZが調査した限り、この項目に「包括利益」と記載した会社は、1社もありません。
したがいまして「IPOを目指す会社にとって、包括利益は、重要な指標なのか?」と質問をされれば、現段階ではあまり重要にされていないとの回答になります。
「包括利益」の求め方
個別財務諸表と連結財務諸表で若干異なります。
個別財務諸表の場合:包括利益 = 当期純利益 + その他の包括利益
連結財務諸表の場合:包括利益 = 少数株主損益調整前当期純利益 + その他の包括利益
となります。
「少数株主損益調整前当期純利益」の説明については、ちょっと長くなりますので、ここでは割愛させていただきます。
紀文食品が、当期純利益が10億円超の黒字企業であるにもかかわらず、包括利益が18億円以上の赤字になった理由は、「その他の包括利益」に大きなマイナスが計上されたことが要因になります。
その他の包括利益
その他の包括利益には、次のような内容が含まれます。
- 退職給付に係る調整額
- 保有株式の含み損益:投資有価証券等評価差額金
- 為替予約、通貨オプション等の金融商品の時価差額:繰延ヘッジ損益
- 海外子会社への投資後の為替変動:為替換算調整勘定
- 保有土地の含み損益
その他の包括利益を理解する上で、最もイメージを掴みやすいのが「含み損益」だと思います。
当期純利益は、含み損益を考慮しません。包括利益を算出するには、含み損益を考慮します。
株式や不動産の投資をしている人はわかりますが、含み損って怖いですよね。損切せずに含み損が膨れ上がると、ぐっすり眠る事が出来ません。
含み損を抱えている株式は、いつの日か損切する事になりますが、突然損切すると、突然損失が計上されるという事になりますが、「その他の包括利益」を登場させる事で「これだけのリスクを抱えていますよ~」ということが開示されていることになります。
ちなみにブログの中の人は、テラドックという会社の株式含み損を多く抱えています(´;ω;`)ウゥゥ
紀文食品の「その他の包括利益」
紀文食品の場合は、「退職給付に係る調整額」が▲2,842百万円もあったことが「その他の包括利益」に対するインパクトが大きく、包括利益が大きな赤字になりました。
なお、直前期だけではなく直前々期も20億円を超える「退職給付に係る調整額」を計上しています。
キャッシュフロー計算書においては、「退職給付に係る資産及び負債の増減額」として、直前期と直前々期ともに20億円を超えるマイナスを計上しているため、当期純利益の金額水準からして、営業キャッシュフローの額が低い要因になっています。
紀文食品は、退職給付に関する取扱いが当面の大きな経営課題になりそうです。
なお紀文食品のリスク情報には、次のような記載があります。
当社グループの退職給付に係る資産及び負債は、年金資産と退職給付債務の動向によって変動します。
退職給付費用及び退職給付債務は、割引率等数理計算上で設定される前提条件や年金資産の期待運用収益率に基づいて算定されております。その前提条件が変更された場合や企業年金基金の運用成績が著しく悪化した場合には、年金資産、退職給付債務及び退職給付費用が大きく変動し、当社グループの財政状態または業績に影響を及ぼす可能性があります。
なお、紀文食品の申請期の「退職給付に係る調整額」は、直前期や直前々期と比較すると、落ち着いています。
日立製作所と日本郵政の「その他の包括利益」
IPOとは直接関係ありませんが、日立製作所と日本郵政の「その他の包括利益」を見てみましょう。
日立製作所は、「在外営業活動体の換算差額」が▲1,113億円も計上されていました。
日立製作所の海外事業の活動にリスクがあるように思えますね。
「在外営業活動体の換算差額」は、海外展開している会社が計上しており、日立製作所だけではなく、国内半導体大手のルネサスエレクトロニクスも「在外営業活動体の換算差額」によって、包括利益が赤字になっていました。
日本郵政には、「その他有価証券評価差額金」が▲2兆4812億円も計上されていました。
つまり日本郵政は、いっぱい儲かっている会社だけど、リスクが大きい会社でもあるという事になりますね。
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