上場する前のファイナンス交渉時において、投資家から株主間契約締結を要請される事がよくあります。

ほとんどのケースは上場達成と同時に終了するような契約ですが、中には上場後も維持される株主間契約の事例があります。

どのような事例が上場審査で認められたのかをまとめましたので、ご参考ください。

なお、アイキャッチ画像は「株主間契約を維持したままで上場達成した事例を教えて下さい」とChatGPTに質問した時の画像です。

3社の事例が出てきましたが、ブログの中の人が確認したところ、全て間違っていましたので、参考にしないでください。

株主間契約とは

非上場会社へ出資する投資家の中には、例えば「あんたを信じて、ウチはついて行ったんだよぉ。あんたを、あんたを、あんたを信じてるぅ」というような、昭和演歌の歌詞に出てきそうな感じで出資しているケースがあります。

つまり非上場会社では、上場会社に比べて株主間の信頼関係に基づいて経営が行われています。

そして、信頼関係が失われるような事にならないように会社の運営に関する合意事項を定める契約を会社の株主同士が契約締結する場合があります。

このような契約を株主間契約といいます。

株主間契約は、株主間の契約だけではなく、株主と会社との間で締結される契約の事も株主間契約と言うケースもあります。

株主にとっては、株主間契約を締結することで一定のリスクヘッジが期待できます。

定義は、会社法や金商法、東証の規則やガイドライン、開示布令などに存在しません。

株主間契約に対する東証の考え

東証の新規上場ガイドブックの「プライム市場編」と「スタンダード市場編」の2022年版には、以下のような記載が存在します。

株主間契約について
特定の大株主との間で、重要事項(大型設備投資)の事前承認や役員任命権の付与などが含まれる契約を締結していますが、このような場合、審査上どのように判断されるのでしょうか。
特定の株主に特別な権利を付与する契約の存在は、その他の株主の権利を損うものとなる懸念が高いことから、申請前に解消されていることが原則となります。

(出所:東京証券取引所 新規上場ガイドブック「プライム市場編」および「スタンダード市場編」より)

プライム市場とスタンダード市場への上場の場合、株主間契約は、原則ダメと明記されています。

一方、「グロース市場編」は、以下の通りになっています。

グロース市場事前チェックリスト

株主間契約がある場合には、その内容について説明してください。

(出所:東京証券取引所 新規上場ガイドブック「グロース市場編」)

新規上場ガイドブックは、市場に分かれて本が編集されていますが、記載内容は一字一句重複する箇所が多くなっています。

しかし、新規上場ガイドブックを読んだ限り、株主間契約に関する東証の考えは、プライム市場およびスタンダード市場に申請する会社に対する考えと、グロース市場に申請する会社に対する考えでは異なっている可能性があるように見受けます。

「プライム市場」および「スタンダード市場」であれば、株主間契約を維持したままでの上場達成は高いハードルがありそうですが、グロース市場への上場のは、東証へ事前相談をした上で承認を受ければ、株主間契約を維持したまま上場達成が不可能ではなさそうです。

株主間契約を維持したまま上場達成した事例

上場達成した会社の中には、上場前に株主間契約があった会社は少なくありませんが、そのほとんどは上場達成タイミングで株主間契約が解除されています。

ブログの中の人がEDINETで「株主間契約」と文字検索した結果、過去5年間のIPOで↓の4社が株主間契約を維持したまま上場達成していました。

その4事例を紹介するとともに、考察しました。

キューブの株主間契約

株式会社キューブ(東証グロース 主幹事:野村)の有価証券届出書には、次のような記載が存在します。

キューブの株主間契約

当社社外取締役である吉成和彦と当社社外監査役である伊藤隆宏は、当社筆頭株主であるエヌエックスシー・ジャパン合同会社と当社との間で締結している株主間契約に基づき、同社から派遣された役員であります。

(出所:株式会社キューブ 有価証券届出書より)

役員任命権を筆頭株主に与えたまま上場達成するというのは極レアと思われます。

プライム市場とスタンダード市場の新規上場ガイドブックでは、明確にお断り内容のように見受けます(当初は、有料情報にしようかと思いましたが、EDINETで文字検索すると、10分程度で探せるので、有料を止めました)。

本件に関する「支配株主等に関する事項について」は、こちらになります。

「取締役会の承認事項に関して特別取り扱いを定めた契約等は締結しておらず。。。」となっておりますが、グロース市場の場合は、大株主の息のかかった人を役員に就任させるような契約維持がNOではないようです(無論、事前相談が必要だと思います)。

ブログの中の人は、この事例を読むまで知りませんでした。

セカンドサイトアナリティカの株主間契約

株式会社セカンドサイトアナリティカ(グロース 主幹事証券:SMBC日興)の有価証券届出書には、次のような記載が存在します。

セカンドサイトアナリティカの株主間契約

当社は、グリフィン社と新生フィナンシャル社の合弁で設立されており、前項記載の各当事者と新生フィナンシャル社との間で2016年5月16日付で合弁契約書を締結されておりましたが、2019年3月31日付で合弁契約書に代えて株主間契約を締結し、新生フィナンシャル社から新生銀行に株主が代わったことに伴い前項記載の各当事者と新生銀行との間で2020年7月10日付で株主間契約をあらためて締結しています。また、グリフィン社が事業活動を行わなくなったことに伴い、株主間契約から外れるのを機に2021年7月8日付で株主間契約を再締結しております。

株主間契約では、株式の譲渡制限(第1条)、取締役の指名(第3条)、取締役会の定足数及び決議(第4条)、重要事項の決定(第5条)、知的財産(第6条)、競業避止(第8条)、創業メンバーである取締役の死亡または退社等(第9条)、秘密保持(第11条)、損害賠償(第12条)、反社会的勢力の排除、即時解除等(第13条)、譲渡禁止(第14条)、協議(第15条)、合意管轄(第16条)、効力(第17条)について規定しております。第2条、第7条、第10条は内容を削除済ですが、条項数を保つために意図的に残しております。

なお、第1条乃至第5条、第9条及び第12条は、上場申請日以降、効力を停止し(上場申請を取り下げた場合は、取下げ日を以って再び有効になる)、上場日には効力を失うものとしています。

(出所:株式会社セカンドサイトアナリティカ 有価証券届出書より)

株主間契約の内、マーカー箇所だけが上場後も維持されるようです。

セカンドサイトアナリティカは、顧客統計データやオープンデータを活用し、個人の金融ニーズやリスクを予測する「SXスコア」を新生銀行グループに提供しています。

新生銀行は、この事業の重要性から、銀行法の制限(5%超の議決権保有制限)を超える出資をしています。しかし銀行法の影響により、新生銀行の出資は、普通株式だけではなく、議決権のない株式として種類株式を発行されており、上場後も無議決権株式の維持をする事になっています。

上場後も維持されるのは、知的財産や協業避止等であり、上場するためには議論になりそうな取締役の指名(第3条)、取締役会の定足数及び決議(第4条)等については上場タイミングにして削除されたため、東証はOKを出しやすかったと推察します。

AB&Companyの株主間契約

AB&Company(東証マザーズ 主幹事証券:大和証券)の有価証券届出書には、次のような記載が存在します。

AB&Companyの株主間契約

当社代表取締役である市瀬一浩は、当該ファンド(70%を所有しているファンド)との間にて2018年3月1日付で締結された株主間契約書に基づき、当該ファンドが当社の株式又は株式に転換可能な権利を一切保有しないこととなった場合、当社株式の全てを処分する時点において、投資金額3,630,666,667円の2.5倍(以下、「本基準額」という。)を超える売却益が当該ファンドに生じていた場合において、当該ファンドは、自ら又はその指定する第三者より、市瀬一浩に対して、本基準額を超える売却益部分(但し、1,200,000,000円を上限とする。)を、金員により支払うことに合意しております。

ただし、当該ファンドによる当社の株式のすべての処分が、本株式取得の実行後5年目以降に実施された場合、本株式取得日から当該ファンドが当社の株式又は転換可能な権利を一切保有しなくなった日又は当社の株式の上場等が行われた日までの当該ファンドの当社グループに対する投資に係る内部収益率(IRR)が25%を上回る場合に限って、当該ファンドより市瀬一浩に対して前文に定める金員の支払いを行うことにも合意しており、市瀬一浩も当社グループの企業価値向上の利益を享受できる仕組みとなっております。

(出所:株式会社AB&Company 有価証券届出書より)

この株主間契約とは、「ファンドが一定以上儲かれば、社長に金払うよ」というインセンティブが内容になっているようです。

したがいまして、このファンドが特別な権利を保有するものではなく、企業価値向上に向けた株主間契約と思われ、東証はOKを出したと思われます。

イーソルの株主間契約

イーソル株式会社(東証マザーズ 主幹事証券:野村証券)の有価証券届出書には、次のような記載が存在します。

イーソルの株主間契約

当社は、平成28年4月、車載基盤ソフトウエア開発のため、株式会社デンソー及び日本電気通信システム株式会社と、株式会社オーバス(現持分法適用関連会社、東京都港区)を設立いたしました。設立に際し、下表のとおり株主間契約を締結しております。

契約会社名 イーソル株式会社
相手先の名称(所在地) 株式会社デンソー(愛知県刈谷市)

日本電気通信システム株式会社(東京都港区)

契約締結日 平成28年4月6日
契約期間 本契約締結日から、本契約の終了に関する本契約当事者全員の書面による合意がなされた時点等まで
契約内容 車載ソフトウエア開発・販売等を行う株式会社オーバスの設立・運営と協力関係について

この株主間契約についても特定の株主に特別な権利を付与する契約とは言えず、東証がNOと言えるような株主間契約にはならないと思われます。

東京プロマーケット上場における東証の考え(2023/4/25更新)

ブログの中の人は、上の4事例の中で特にキューブの株主間契約に対し、東証や主幹事証券会社が通した事が意外だと思いました。

このヒントが2023年4月に改訂された東京プロマーケットの新規上場ガイドブックにあるのではと考えます。

株主間契約について
特定の大株主との間で、重要事項の事前承認や役員任命権の付与などが含まれる株主間契約を締結していますが、上場前に解消する必要はありますか
特定の株主に特別な権利を付与する契約の存在は、その他の株主の権利を損なうものとなる懸念があります。しかし、会社の成長の段階に照らして、上場後も株主間契約により特定の株主に深く経営関与させることが企業価値向上の観点から合理的である場合等、プロ投資家を対象にした TOKYO PROMarket においては、特定証券情報(又は発行者情報)における十分な開示をした上で維持することも考えられます。ただし、株主の権利の保護やインサイダー情報管理の観点から、合理性の認められない株主にまで特別な権利を付与していないか、市場機能の妨げとなる株式売却や譲渡に関する取り決めはないか等、担当 J-Adviser との間で既存の契約内容を協議し、必要に応じて修正することをご検討ください。(出所:東京証券取引所 新規上場ガイドブック「2021 TOKYO PRO Market編」2023年4月3日公表改訂概要より)

東京プロマーケットの場合は、会社の成長のための株主間契約であればNOと判断されなさそうです。

グロース市場への上場の場合も東証は、同じ考えになっていると想像できそうです。

しかし、もしその通りであれば、特にキューブの開示はもうちょっと突っ込んだ説明を加えて欲しいと思いました。

まとめ

上場後も維持される株主間契約の事例を紹介させていただきました。

4事例はすべて、グロース市場(旧マザーズ市場含む)上場会社のみであり、プライム市場(旧1部市場含む)やスタンダード市場(旧2部市場と旧ジャスダック市場含む)へ上場達成した会社には、株主間契約という文字検索でヒットしませんでした。

上の4事例の中で面白いと思ったのが、AB&Companyの株主間契約です。

投資金額の2.5倍以上の売却益が発生すれば、それ以上の利益については、社長にあげちゃうという契約です。

ブログの中の人は、よくわかりませんが、こんな事例ってよくあるのでしょうか?

これイイですね。

このブログ記事作成段階ですが、AB&Companyの株価は、ファンドの投資時の簿価の2.5倍を超えています。

社長にとって、嬉しいビッグボーナスが目前ですね。

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