2023年12月22日に税制改正の大綱が閣議決定されました(こちらになります)。

その中に次のような内容があります。

税制改正の大綱 2 金融・証券税制(国 税)〔延長・拡充等〕(1)① 

適用対象となる新株予約権に係る契約の要件について、「新株予約権を与えられた者と当該新株予約権の行使に係る株式会社との間で締結される一定の要件を満たす当該行使により交付をされる株式(譲渡制限株式に限る。)の管理等に関する契約に従って、当該株式会社により当該株式の管理等がされること」との要件を満たす場合には、「新株予約権の行使により取得をする株式につき金融商品取引業者等の営業所等に保管の委託等がされること」との要件を満たすことを不要とする。

これは「税制適格ストックオプションを権利行使し、交付された株式の売却を上場前にしても、税制の優遇措置を得ることが出来るようになる」という改正でありまして、スタートアップ企業の新たな資本政策として注目すべき改正になります。

そこで、この改正によってどのような実務や留意が必要になるのかをブログの中の人の知識の範囲内で書かせて頂きます。

なお、この記事作成段階では税制改正が確定していない上、ブログの中の人の個人的な考えが満載なので、税制改正が確定後、証券会社や税理士等の専門家にご相談下さい(記事の内容に間違いがあれば、ぜひご指摘下さい。よろしくお願いします。)

税制適格ストックオプションについては、↓の記事で紹介しています。

税制適格ストックオプション【IPO用語】

私が運営しているオンラインサロンメンバーからの指摘により、赤字の箇所を加筆訂正しました。

税制適格ストックオプションに係る税制改正

ブログの中の人は、この税制改正を改正前と比較すると次のような理解をしています。

表 税制適格ストックオプションに係る税制改正

現行 改正後
交付株式 自社株式であればOK 割当契約等により、譲渡制限株式or公開株式を明確化

⇒ 本税制改正をロビイングした方によりますと、割当契約書に譲渡制限株式or公開株式を明確化する必要がない予定になるそうです。念のため、私はパブコメで質問する予定です。

保管の委託 金融商品取引業者等の営業所等 譲渡制限株式が交付される場合:発行会社

公開株式が交付される場合:金融商品取引業者等の営業所等

税制適格ストックオプションを付与するにあたり、割当対象者と会社の間で割当契約を締結します。

その契約書の中で交付される株式が譲渡制限株式である旨が明記されている税制適格ストックオプションの場合、保管の委託は金融商品取引業者等(証券会社)に依頼する必要がなく、自社で株式を保管する事が出来るようになるという解釈をしています。

税制適格ストックオプションは、付与決議日後2年を経過した日からでなければ権利行使出来ません。

したがいまして上場直前期や申請期にある企業にとっては、この改正は無関係であり、上場準備スケジュールが未定、またはN-2期以前の会社だけが活用できる税制改正になると思われます。

さらに、本改正を言い換えれば「税制適格ストックオプションに関し、証券会社が行っている実務を発行会社が代わりにやらなきゃいけませんよ」という解釈も追加されると考えます。

つまり証券会社が保管の委託契約を締結すれば、どのような実務が発生しているのかを理解する必要があると考えます。

以下にその実務内容について説明させていただきます。

非上場会社の役職員が税制適格ストックオプションを権利行使した場合の実務

非上場会社の役職員が税制適格ストックオプションを権利行使した場合、発行会社はどのような実務を行わなければいけないのかについてですが、まず税制改正前、つまり従前の手続きについて説明します。

現在は、株券発行会社になる必要がある

一般的にストックオプションは、上場後に権利行使出来るような設計になっています。

しかし税制適格ストックオプションの税務上、上場しなければ権利行使出来ないというルールはありません。

したがいまして、今でも税務上は、非上場の段階で権利行使が可能です。

しかし租税特別措置法第29条の2 (特定の取締役等が受ける新株予約権の行使による株式の取得に係る経済的利益の非課税等)には「税制適格ストックオプションを権利行使した株式は、金融商品取引業者(証券会社)に保管の委託をしてもらわないと優遇措置を受ける事が出来ませんよ」と定められています。

すなわち非上場の段階で権利行使した株式、つまり非上場株式を証券会社に保管と管理を要請しなければいけないという事になります。

証券会社は上場株式だけを取扱っており、原則、非上場株式を管理していません。

そこでまず発行会社は、証券会社との間で「保管委託の契約書(仮名)」を締結します。

次に権利行使した者が当該証券会社に口座を作り、その後、発行会社の誰かが株券を証券会社の営業所に持っていき、営業所の金庫に預かってもらう事になっています(確か、このフローも規則になっていたと記憶しています。規則では権利行使者ではない者が証券会社の営業所へ株券を持っていくと書かれていたと記憶しています)。

つまり株券不発行の会社は、わざわざ定款変更し、株券発行会社にした上で営業所の金庫に株券を預かってもらうという実務が発生している事が想像できます。また株券発行会社は、その旨の登記が必要になります(会社法第911条3項)。

なお、上場後に株式売却する場合は、税制改正後も従前と同じ実務が発生すると考えます。

ただし、「発行会社においてその株式の異動を確実に把握できる措置が講じられている場合には、株券の発行及び株券の金融商品取引業者等への引渡しをせずとも、保管委託要件を満たすこととなる」と税務上明確化されています(国税庁令和5年5月「ストックオプションに対する課税(Q&A)」こちらになります)。つまり、私の知識は古かったです。申し訳ございません。

しかし、この措置等については、各証券会社において、どのような実務手続きをするのかが異なると考えています。さらにブログの中の人が入手している情報によりますと、そもそも非上場株式の入庫そのものを断っている大手証券会社があると聞いております。

他の株式と区別して管理する

税法では、「同一銘柄の株式等を2回以上にわたって購入している場合の取得費(こちらになります)」の計算方法が定められています。

自社株式を2回以上購入した場合、購入金額と総額、並びに株数に応じて平均する計算をし、取得した株価が計算されます。

しかし税制適格ストックオプションを権利行使して取得した株式については、他の株式と取得金額を区別して計算します。

つまり既存株主が自社株式を譲渡や第三者割当増資等で株式を複数回取得した場合、その取得単価は平均された額になりますが、税制適格ストックオプションの権利行使により取得した株式をごちゃ混ぜにして、平均取得単価を計算することはありません。

上場前に株式売却すると「特定株式等の異動状況に関する調書」を作成・提出する実務が発生する

ここは、税制改正後、発行会社が新たに発生することになる実務になります。

それは税制適格ストックオプションを権利行使し、取得した株式を上場前に売却した時の実務です。

現在、税制適格ストックオプションの保管の委託を受けた証券会社は「特定株式等の異動状況に関する調書」を作成し、納税地等を所轄する税務署長宛に提出する業務をしています。

この調書は、税制適格ストックオプションの権利行使により取得された株式が売却された際、証券会社が税務署へ直接提出する調書です。

「特定株式等の異動状況に関する調書」のフォーマット等は、こちらになります。

この調書には「譲渡の対価の額」を記載する必要があります。

証券会社は税制適格ストックオプションの権利行使により取得された株式が上場株式になっていれば、「譲渡の対価の額」を記載する事が出来ますが、非上場会社株式の場合は「譲渡の対価の額」の欄を記載することが困難なので、税制適格ストックオプションの権利行使により取得された株式を上場前に売却すると税制優遇措置を受ける事が出来なくなるという解釈になっているようです。

税制改正後は、上場前、つまり非上場の段階で税制適格ストックオプションの権利行使により取得した株式を売却すると「特定株式等の異動状況に関する調書」に相当する調書を発行会社が税務署へ提出する実務が発生する事が予想されます。

今後の論点

この税制改正に関しましては以下のような論点が発生すると予想します。

交付される株式が譲渡制限株式に限定した条文が割当契約書等に必要になるのか

税制改正の大綱には「新株予約権を与えられた者と当該新株予約権の行使に係る株式会社との間で締結される一定の要件を満たす当該行使により交付をされる株式(譲渡制限株式に限る。)の管理等に関する契約」があります。

ブログの中の人は「ストックオプションを権利行使した際、交付される株式が譲渡制限株式と明記されている条文がある割当契約書」と解釈しています。

⇒ 繰り返しになりますが、本税制改正をロビイングした方によりますと、このような条文が必要にならないという理解をされていらっしゃいました。

もしこの解釈で合っていれば、ストックオプションを発行した段階で「このストックオプションは上場前に権利行使し、株式売却しないとダメですよ」と決めなくてはいけない話になり、株式の売却先等も含めた議論が入ってくると予想します。

または「譲渡制限」というのは定款で定められる譲渡制限ではなく、公開株式を交付し、会社と権利所有者間の2者間契約にもとづく譲渡制限でよいのかも議論になると予想します。

⇒ 本税制改正をロビイングした方によりますと、これは税制改正の意図と外れているので、ダメなようです。

過去に発行した税制適格ストックオプションの取扱い

これまでにも多くのスタートアップ企業が税制適格ストックオプションを発行しています。

本ブログ記事作成段階では、税制改正前に発行した税制適格ストックオプションも対象になるのかどうかが不明です。

ブログの中の人は、実務的に考えて、過去に発行した税制適格ストックオプションは除外されると予想します。

「特定株式等の異動状況に関する調書」の周知徹底方法

ブログの中の人の予想通り、税制改正により発行会社が「特定株式等の異動状況に関する調書」を税務署へ提出する実務が加わった場合、その周知徹底方法が国税内で議論されると予想します。

改正前の「特定株式等の異動状況に関する調書」を確認すれば、株式譲渡益に対する確定申告額を算出でき、また証券会社が提出する信頼性が高い調書であるため、税務署にとっては効率的に「コイツ、ストックオプションで儲かってるのに確定申告してへんやないかぁ!重加算じゃぁ!」と一発でわかりやすくなっています(ちなみにブログの中の人は、証券会社勤務時代、「マルサ」が来て、ストックオプションの権利行使者に関する情報についてヒアリングを受けた経験があります)。

しかし、一方この調書の提出が発行会社でも可能になってしまうと、提出を失念してしまう会社が続出するのではと予想します。

この調書は、ニッチの中のニッチな調書になると思われるからです。

税制改正後、もし発行会社が失念または意図的に「特定株式等の異動状況に関する調書」を提出漏れしていた場合、確定申告していなかったとしても逃げる事が出来てしまうのではと危惧する税務署員が現れても不思議ではないような気がしています。

⇒本税制改正をロビイングした方によりますと、脱税防止策については議論を進めているそうです。

まとめ

この改正は、上場前に売却する場合に限定された改正のように見受けますが、上場後でも譲渡制限株式を交付する事は不可能ではありません。

⇒ 本税制改正をロビイングした方によりますと、これは税制改正の意図と外れているので、ダメなようです。

本ブログ記事は、私が運営するオンラインサロンメンバー(スタンダードコース)からの質問に回答する目的で作成しています。

オンラインサロン(スタンダードコース)にご加入頂ければ、質問・相談に対し、出来るだけの返答をさせていただきます。

また税制改正の大綱をメンバーと読書するプログラムも行います。

ぜひご加入下さい!心よりお待ちしております。

重ねて申し上げますが、この記事作成段階では税制改正が確定していない上、ブログの中の人の個人的な考えが満載なので、税制改正が確定後、証券会社や税理士等の専門家にご相談下さい(記事の内容に間違いがあれば、ぜひご指摘下さい。よろしくお願いします。)