IPOをするためには、監査法人によるIPO直前2期間の会計監査が必要になります。
IPOをするためには、直前2期間の会計監査を同一の監査法人で行わなければならないという規則はありません。
しかしIPO準備で多忙な時期に監査法人を変更させるのは、リスクが大きすぎると考えることが一般的であり、IPO直前2期間内に監査法人を変更させた会社がIPOを達成したという事例は無いと考えられます。
しかし、探してみると、存在しました。この会社(以下、当該会社をA社といいます)の監査法人は、直前々期と直前期以降の監査法人が異なります。
つまり、直前々期末に監査法人が交代したということです。
このようなケースは、極めてレアだと思います(2件探しました)。
監査法人を変更させる理由
昨今、上場会社の中には、監査法人を変更している事例が多々あります。
その理由として、最も合理的な理由として挙げられているのが、「継続監査期間の長期化を防止する」です。
東芝は、不正会計を行っていましたが、それを監査法人が長期間に渡って見抜けなかった理由のひとつとして、監査期間が長期になったことから、監査法人とのなれ合いや癒着があったと言われています。
また監査報酬の増額要請をきっかけに変更を決めた企業もあります。
きっとあまり表に出ないと思いますが、人間関係を含めた信頼関係の悪化が原因で監査法人を変更した会社もあると思います。
監査法人を変更させた場合
上場審査対応
「マザーズ事前チェックリスト」には、「最近において担当監査法人や主幹事証券会社の変更がある場合には、その理由を合理的に説明できますか。 」とあります。
上で取り上げた1つめの理由「継続監査期間の長期化を防止するため」は、上場申請会社にとって、合理的な理由になるはずありません。
また「監査報酬が高すぎた」という理由が、合理的な理由になるかどうか不明です。
「監査法人との信頼関係が悪化した」「監査法人の監査業務に不満があった」ということが合理的な理由になるかどうかわかりません。
もし、そのような理由で監査法人を変更したとなれば、少なくとも、そのような考えに至ったエビデンスをIPO審査で提出できるように準備しなければいけません。
監査法人の変更するプロセス
まず、監査法人(会社法等、正しく言いますと「会計監査人」)を選任または解任するには、株主総会決議が必要になります。
一般的に、株主総会の議案は、取締役会で決議した内容が議案になりますが、監査法人の選任または解任議案は、取締役会で決議するのではありません。
監査役設置会社においては、株主総会に提出する会計監査人の選任及び解任並びに会計監査人を再任しないことに関する議案の内容は、監査役が決定する。
2 監査役が二人以上ある場合における前項の規定の適用については、同項中「監査役が」とあるのは、「監査役の過半数をもって」とする。
3 監査役会設置会社における第一項の規定の適用については、同項中「監査役」とあるのは、「監査役会」とする。
監査等委員会は、全ての監査等委員で組織する。
2 監査等委員は、取締役でなければならない。
3 監査等委員会は、次に掲げる職務を行う。
一 取締役(会計参与設置会社にあっては、取締役及び会計参与)の職務の執行の監査及び監査報告の作成
二 株主総会に提出する会計監査人の選任及び解任並びに会計監査人を再任しないことに関する議案の内容の決定
三 第三百四十二条の二第四項及び第三百六十一条第六項に規定する監査等委員会の意見の決定
監査法人の選任または解任については、監査役会(監査役会を設置していない会社の場合は、監査役)、監査等委員会設置会社の場合は、監査等委員会が決議し、株主総会に付議するというプロセスになります。
なお、監査法人を解任する際は、会社法施行規則第81条に則った内容を株主総会招集通知に記載する必要があります。
取締役が会計監査人の解任又は不再任に関する議案を提出する場合には、株主総会参考書類には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 会計監査人の氏名又は名称
二 監査役(監査役会設置会社にあっては監査役会、監査等委員会設置会社にあっては監査等委員会、指名委員会等設置会社にあっては監査委員会)が議案の内容を決定した理由
三 法第三百四十五条第五項において準用する同条第一項の規定による会計監査人の意見があるときは、その意見の内容の概要
「監査法人の選定方針と理由」の事例
IPOを達成するまでには、会計監査人設置会社になる必要がありますが、会計監査人設置会社では、事業報告に「会計監査人の解任又は不再任の決定の方針」を記載する必要があります(会社法施行規則第126条)。
さらに上場申請書類であるⅠの部等には、「監査の状況」という項目があります。
その中には、「監査法人を選定した理由について、監査法人を選定するにあたって考慮する方針を含めて、具体的に記載すること」があります。
この点に関する事例をいくつか紹介します。
監査役会で基準や方針を作成している事例
監査法人の選任手続きに際しては、監査役会が定める「会計監査人の解任又は不再任の決定方針」に照らして、該当する事実の有無について、担当部署や監査法人との面談等を通じて確認を行い、その結果を総合的に勘案して判断をしております。当該決定方針では、会計監査人の独立性や信頼性その他職務の実施に関する状況等を総合的に勘案し、その必要があると判断した場合、会計監査人の解任又は不再任を株主総会の提出議案とすることとなっております。また、会計監査人が会社法第340条第1項各号に定める項目のいずれかに該当すると認められる場合は、会計監査人を解任いたします。
(出所:株式会社グローバルインフォメーションⅠの部より)
監査役会は、「会計監査人の選任ならびに評価に係る基準」を策定し、会計監査人の選任、再任、解任に関する手続、並びに会計監査人の業務執行に関する評価基準を定めています。新たに会計監査人を選任するに際しては、複数の監査法人から監査法人の概要、監査の実施体制、監査報酬見積額などに関する提案を求め、当該監査法人の監査体制、独立性及び専門性などが適切であるかについて確認の上、監査役会にて審議し決定します。現会計監査人である太陽有限責任監査法人を会計監査人として選定した理由は、会計監査を適正に行うために必要な品質管理、監査体制、独立性及び専門性などを総合的に比較検討した結果、最も適任と判断したためです。
一方、監査役会は、会計監査人の解任又は不再任の決定に際し、以下の方針を定めています。
(出所:ローランド株式会社Ⅰの部より)
監査役会や監査等委員会が独自に基準や方針を定めることが、一番の理想形だと思います。
日本監査役協会の指針を参考にしている事例
当社は、会計監査人の選定につきまして、公益社団法人日本監査役協会が公表する「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」を踏まえ、監査法人の品質管理体制、独立性、専門性、不正リスク対応、職務遂行状況、監査報酬の妥当性等を考慮し、選定することとしております。
有限責任 あずさ監査法人を会計監査人とした理由は、同監査法人の品質管理体制、独立性、専門性、不正リスク対応、職務遂行状況、監査報酬等を総合的に勘案した結果、適任と判断したためであります。また、解任及び不再任につきましては、会計監査人が会社法第340条第1項各号に定める、いずれかの事由に該当すると認められる場合、又は、公認会計士法に違反・抵触する状況にある場合、監査役会は、当該会計監査人の解任を検討し、解任が妥当と認められる場合には、監査役全員の同意に基づき会計監査人を解任します。さらに、監査役会は、会社計算規則に定める会計監査人の職務の遂行に関する事項について、適正に実施されることを確保できないと認められる場合、その他必要と判断される場合は、株主総会に提出する会計監査人の解任又は不再任に関する議案の内容を決定いたします。
(出所:ENECHANGE株式会社Ⅰの部より)
会計監査人の選任に際しては、日本監査役協会が公表した「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」を基に外部会計監査人の評価基準を定め、効率的な監査業務を実施することができる一定の規模を持つこと、審査体制が整備されていること、監査日数、監査従事者の構成等並びに監査費用が合理的かつ妥当であること、さらに監査実績などにより総合的に判断しております。
有限責任あずさ監査法人を会計監査人とした理由は、同監査法人の品質管理体制、独立性、専門性並びに監査報酬等を総合的に勘案した結果、適任と判断したためであります。
(出所:株式会社プレイドⅠの部より)
日本監査役協会が定めている「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」とは、こちらになります。
業界または事業内容に対する知見を重要視している事例
当社は、創薬バイオベンチャーであり、黒字化するまでの期間に長期を要する特殊な事業形態であるため、当該事業に十分な知見を有し、かつ、株式上場への経験が豊富な監査法人を選任することを監査法人の選定方針としております。
EY新日本有限責任監査法人は当社の事業への理解が深く、当社の株式上場に向けて真摯に対応していただけると判断し、また、株式上場に関する豊富な実績と経験があることから、EY新日本有限責任監査法人を金融商品取引法第193条の2第1項の規定に基づく監査を行う監査法人に決定いたしました。
(出所:クリングルファーマ株式会社Ⅰの部より)
選定プロセスを記載している事例
株式上場を目指すにあたって、2社程度の監査法人と面談を行い、当該監査法人が株式公開の実績、経験豊富な公認会計士を多数有し、万全の体制を整えていること、および当社ビジネスへの理解を勘案し、当該監査法人を選定いたしました。
監査役会は、会計監査人の職務の執行に支障がある場合等、その必要があると判断した場合は、株主総会に提出する会計監査人の解任または不再任に関する議案の内容を決定いたします。
また、会計監査人が会社法第340条第1項各号に定める項目に該当すると認められる場合は、監査役全員の同意に基づき、監査役会が、会計監査人を解任いたします。この場合、監査役会が選定した監査役は、解任後最初に招集される株主総会におきまして、会計監査人を解任した旨と解任の理由を報告いたします。
(出所:GMOフィナンシャルゲート株式会社Ⅰの部より)
当社が上場の準備を検討していたときに、有限責任 あずさ監査法人をご紹介いただき、代表社員と面談の後、上場を前提とした調査(ショートレビュー)を受けました。同監査法人により、事業内容の十分な理解を得られ、当該調査による課題や改善提案に関する的確な指導を受け、同監査法人が上場に関する豊富な実績及び経験があることを確認いたしましたので、監査契約を締結いたしました。
(出所:株式会社I-neⅠの部より)
その他
監査法人の選定に際しては、監査法人の専門性、独立性や監査費用の合理性などを総合的に勘案して判断することとしており、当該方針に基づき適任であると判断したため、当該監査法人を選定しております。
監査役会は、会計監査人の職務の執行に支障がある場合等、その必要があると判断した場合は、会計監査人の解任又は不再任に関する議案の内容を決定し、取締役会は当該決定に基づき、当該議案を株主総会に提出します。
また、監査役会は、会計監査人が会社法第340条第1項各号に定める項目に該当すると認められる場合は、監査役全員の同意に基づき、会計監査人を解任いたします。この場合、監査役会が選定した監査役は、解任後最初に招集される株主総会において、会計監査人を解任した旨及びその理由を報告するものといたします。
(出所:日通システム株式会社Ⅰの部より)
当社監査役会は、会計監査人の監査活動の体制とその独立性、監査品質並びにその報酬の妥当性などを確認して評価を行い、会計監査人の選任及び再任の是非を判断しております。当事業年度においてもこれらの要素を確認し、太陽有限責任監査法人の再任を決定しております。また、会計監査人が会社法第340条第1項各号のいずれかに該当し解任が相当と認められる場合には、監査役会は、監査役全員の同意により解任いたします。上記の場合の他、会計監査人に適正な監査の遂行に支障をきたす事由が生じたと認められる場合には、監査役会は、株主総会に提出する会計監査人の解任又は不再任の議案の内容を決定いたします。
IPO直前2期間内に監査法人が変更してIPOを達成した会社とは
会社名と、その会社が監査法人を変更した大きな理由につきましては、こちらで紹介しています。
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