2021年3月26日に東証マザーズへ上場したブロードマインド株式会社リスク情報には、次のような記載があります。

生命保険会社との関係について(出所:ブロードマインド株式会社Ⅰの部より)

当社グループでは保険代理店業が業績の大部分を占めており、直近2期間(2019年3月期及び2020年3月期)について、生命保険契約に係る代理店手数料は当社グループの売上高のそれぞれ85.3%、78.6%を占めております。なお、その中でも特にメットライフ生命保険株式会社については当社グループ売上高に占める割合が2019年3月期で50.4%、2020年3月期で47.4%となっております。 今後、生命保険以外の商品の提案力強化等により多角化を図ってまいりますが、メットライフ生命保険株式会社を始めとした保険会社の営業政策の変更や財政悪化等の理由により、代理店手数料体系又は手数料率が変更された場合や万が一保険会社が破綻した場合の他、生命保険会社が代理店手数料規程等で定める業績及び品質基準に到達せず、手数料率が変更された場合等により代理店手数料収入が低減する可能性があります。また、何らかの事由により保険会社の風評が悪化した場合等において当社グループが媒介した保険契約が解約される等の可能性がありますが、いずれにつきましても当社グループの財政状態及び経営成績に影響を与える可能性があります。

ブロードマインドの業績は、メットライフ生命保険株式会社に大きく依存していることがわかります。

ここでは、ブロードマインドのように依存度が大きな販売先がある会社がIPOを目指す場合の考え方やリスク情報の記載事例を取り上げさせていただきます。

依存度が高い特定の販売先を保有する会社の場合

会社の多くは創業時、社長の個人的な人脈を酷使して、いわゆる”太客”を見つけ、その太客をどうやって喜ばせるか、というビジネスモデルに奔走します。

創業当初は、それで仕方ないと考えられますが、IPOを目指す段階で、一部の太客に依存している会社である場合、外部からは極めて高いリスクを抱えている会社であると評価されてしまいます。

外部からの評価

依存度が高い特定の販売先を保有する会社に対して第三者は、実質的にその太客に支配されてしまっているのではないか、業績だけではなく経営そのものが太客に振り回されてしまうおそれがあるのではないかと見做されます。

例えば、トヨタ自動車を太客を持つ会社を例とします。

きっとその会社経営者は、「トヨタ自動車から技術力を高く評価されている会社である」として自信を持っているのではないかと思います。

しかし残念ながら、上場審査担当者は、若干異なります。

上場審査担当者は、基本的には、その会社経営者の考えを否定しない一方、「トヨタ自動車から認められるのに、なぜホンダから認められないのか?」という考えに囚われがちになります。

つまり、会社経営者と外部評価には、大きなギャップが生まれやすくなることに注意が必要になります。

IPO審査に向けた対応

売上の依存度が大きい販売先が存在する会社は、次のような準備を行い、IPO審査に備えることをおススメします。

  1. 過去の取引内容を説明できる準備
  2. 取引開始に至った経緯を説明できる準備
  3. 基本取引契約書(特に支払条件)、販売単価等が他社と格差が無い事を説明できる準備
  4. 現在進捗している案件・プロジェクトを説明できる準備
  5. 売上の依存度が大きい取引先関係者に対するヒアリングを求められた際の対応準備
  6. 売上の依存度を下げてリスクを低減するための取り組み(例えば、新規顧客営業活動履歴等)の提出準備など

リスク情報開示事例

IPOAtoZが調べたところ、2019年1月以降、東証へIPOを上場した196社を調べたところ、次の32社が、依存度が高い特定の販売先を有する旨をリスク情報に記載していました。

依存度が高い特定の販売先を有する旨をリスク情報に記載していた会社一覧

東海ソフト、スマレジ、gooddaysホールディングス、エードット、ピアズ、ヤシマキザイ、パワーソリューションズ、セルソース、ベース、WDBココ、AI inside、ゼネテック、MacbeePlanet、松屋アールアンドディ、コパ・コーポレーション、エブレン株式会社、アイキューブドシステムズ、ティアンドエス、STIフードホールディングス、アクシス、日通システム、MITホールディングス、バリオセキュア、ビーイングホールディングス、かっこ、インバウンドテック、東京通信、室町ケミカル、シキノハイテック、ベビーカレンダー、ブロードマインド、オキサイド、セルム

次に事例をいくつか紹介させていただきます。

最も依存度が高い販売先が存在する事例

1社に対する売上高の依存度が最も高かったのは、ここで取り上げたブロードマインド株式会社(メットライフ生命保険株式会社に対して、直前々期50.4%、直前期47.4%)でした。

ブロードマインドのように1社に対する依存度がここまで高い場合となれば、その販売先の事業性や成長性も審査における重要なファクターになると考えられます。

1社に対する売上依存が高い会社の場合、IPO達成はネガティブな判断をされますが、直前期売上の約半分を1社で占められていても、IPOを達成した事例が存在したというのは、一つの目安になるものと考えられます。

ちなみにブログの中の人は、証券会社勤務時に10年程度前に旧三洋電機の携帯電話開発支援サービスが売上のほとんどを占めている会社を担当したことがあります。その会社は、その課題が消えなかったため、主幹事契約の延長を断りました。

ブロードマインド株式会社と同様の事例は、以下のような会社のリスク情報がありましたので、紹介させていただきます。

  • gooddaysホールディングス
  • エードット
  • セルソース
  • AI Inside
  • エブレン
  • 東京通信
  • 室町ケミカル
  • ベビーカレンダーなど

上位の数社の依存度が高い事例

会社の売上を上位数社でまとめられて記載されている事例は、いくつかありました。

その中で最もインパクトが大きな会社と思われた株式会社STIフードサービスのリスク情報を紹介します。

株式会社STIフードサービスは、上位4社で売上の84.9%を占めていました。

特定の取引先への依存度が高いことについて(出所:株式会社STIフードサービスⅠの部より)

当社グループの業績は、一般消費者によるコンビニエンスストアにおける惣菜等の消費動向の影響を受けます。当社グループの主な販売先は、株式会社セブン-イレブン・ジャパン(以下、「セブン-イレブン」という。)の加盟店および直営店であり、同社とは2006年2月以来、商品売買取引に関する契約に基づき継続的に取引を行っています。当社グループの連結売上高のうち、セブン-イレブン及びセブン-イレブンが指定する販売先であるベンダーサービス株式会社、三井食品株式会社、リテールシステムサービス株式会社の4社の占める割合は、2018年12月期は83.5%、2019年12月期は84.9%となっております。当社グループが同社及びその指定販売先へ販売する食材及び惣菜は特許技術を含む独自の製造技術を駆使して生産されるため、自ずと供給元が限られる商品であり、同社としても当社グループの開発力、供給力に依存する面も大きく、メーカーと小売の関係を超えたパートナーとして同社との取引関係は強固なものとなっております。また、食品の開発、品質の向上などに当社グループとして継続的に努めることで、同社との安定的な取引を今後も確保してまいります。

しかしながら、同社の店舗展開、販売方針並びに価格政策などの経営戦略が変更になった場合、同社店舗への商品納入に関して同業他社との競合が発生するなど、取引関係が変化し、当社グループの経営成績に影響を及ぼす可能性があります。なお、セブン-イレブン向けの販売実績は、「3 経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析 (1)経営成績等の状況の概要 ④生産、受注及び販売の実績 c.販売実績 (注)1」に記載のとおりであります。

株式会社STIフードサービスと同様の事例は、以下のような会社のリスク情報がありましたので、紹介させていただきます。

  • ヤシマキザイ
  • ベース
  • WDBココ
  • MacbeePlanet
  • コパ・コーポレーション
  • アイキューブドシステムズ
  • アクシス
  • MITホールディングスなど

低い依存度でリスク情報に記載していた事例

MacbeePlanetが、売上比率8.2%である取引先が存在することについて、リスク情報に記載していました。

次にコパ・コーポレーションが売上比率10.0%である取引先が存在することについて、リスク情報に記載していました。

リスク情報に具体的な会社名を記載していなかった事例

シキノハイテックのリスク情報には、次のような記載があります。

特定顧客との取引について(出所:株式会社シキノハイテックⅠの部より)

当社は、「第2 事業の状況 3 経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析 (1)経営成績等の状況の概要 ④ 生産、受注及び販売の実績 c.販売実績」に記載の通り、特定顧客への依存度が高い状況にあります。当社は、新規事業や新規得意先の開拓により特定の得意先に依存しない収益体制を構築すべく努めているほか、今後においても従来の重要な得意先からの受注獲得に努め、良好な関係を維持していく方針であります。しかしながら、今後も依存の高い顧客から継続的な受注を得られる保証は無く、何らかの理由により顧客との関係に変化が生じた場合、当社の財政状態及び経営成績に影響を及ぼす可能性があります。

この書きぶりであれば、上場後の有価証券報告書にも、そのまま使えるので、チェックがラクですね。

ブログの中の人は、IPOを目指す会社の実務担当者であれば、シキノハイテックの事例を最も参考にしたいです。

シキノハイテックと同様、依存度の高い顧客がありながらも、リスク情報の中に具体的な社名を記載しなかった会社は次の会社です。

  • オキサイド
  • セルム