現在、東証は、5つの市場区分が存在しますが、2022年4月1日を目途に、プライム市場・スタンダード市場・グロース市場(いずれも仮称、以下同じ)の3つの市場区分への見直しを実施することとなっています。
その内、「プライム市場」と「スタンダード市場」では、上場申請会社が「コーポレートガバナンス・コードの原則」の適用状況が審査対象になる模様です。
政府や東証は、コーポレートガバナンスに関して、あれこれ議論されていますが、その中で役員報酬に関する議論は「ど真ん中」になります。
コーポレートガバナンスコードの【原則4-2.取締役会の役割・責務(2)】には次のような一文が存在します。
(前略)経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。(以下では「一文」といいます)
つまり、「プライム市場」または「スタンダード市場」への上場を目指す場合、一文に対してどのような考えや取り組みをしているのかという質問が定番になる可能性があるということになります。
一方、「グロース市場」への上場審査基準には、一文は直接関係しないかもしれませんが、「グロース市場」が「プライム市場」または「スタンダード市場」への登竜門としての位置づけとされる公算が高いことから、無視できません。
非上場会社の役員報酬は、法人税の関係で固定報酬だけで構成されている会社が一般的(2019年に東証へIPOを達成した会社82社中、賞与、株式報酬、または業績連動報酬を支給した会社数は22社※に限られています。)ですが、IPO前から上場会社に相応しい役員報酬体系について、学習することは重要視されつつあり、IPO達成直後に役員報酬制度を変更している企業が続出しているのが現状です。
ここでは、この一文に関する重要な参考資料について説明させていただきます。
「『攻めの経営』を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引-」とは
官公庁が一文に関して最も総合的にまとめている資料が「『攻めの経営』を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引-」です。
役員報酬に関する税制は、近年だけでも平成28年度、29年度、31年度、令和2年度で税制改正が行われておりますし、令和元年度に成立した会社法改正、また金商法施行令の改正など、目まぐるしく変わっています。この資料は、経済産業省が税制や規則が改正される都度、タイムリーに改訂していることからも、経済産業省にとっては、非常に魂を込めている資料の位置づけになります。
なぜ経済産業省がこんな取り組みをしているのかと言いますと、次のような意義があると考えているためです。
- 株式報酬や業績連動報酬の導入が促進されることで、経営者に中長期的な企業価値向上のインセンティブを与え、我が国企業の「稼ぐ力」向上につなげる。
- 特に、株式報酬については、経営陣に株主目線での経営を促したり、中長期の業績向上インセンティブを与えるといった利点があり、その導入拡大は海外を含めた機関投資家の要望に応えるもの。
何が改訂されたのか
令和 2 年度税制改正では、次のようなことが改正されました。この改正に合わせて、本書は改訂されています。
- 特定譲渡制限付株式等が交付された役員等の死亡時における所得税及び法人税に係る税務上の取扱いの整備
- 証券取引所の独立役員に係る基準の見直しに対応するための業績連動給与の手続に係る独立職務執行者(一定要件を満たす社外取締役または社外監査役)の範囲の見直し
今後は、令和元年 12 月に成立した改正会社法により、役員(取締役又は執行役)に対する株式等の無償発行が可能となることにあわせ、税制においても譲渡制限付株式の定義の見直し等が行われます(この株式等の無償発行制度の創設に対応する手引の改訂は、改正会社法の施行に向け今後行うことを予定)。
これだけは、知っておきたい
この資料の中に「経営陣の報酬の在り方」がまとめられています。
IPOを目指す会社の社外取締役や監査役は、一読すべき箇所であると考えます。
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- 経営陣の報酬体系を設計する際に、業績連動報酬や自社株報酬の導入について、検討すべきである。
- 我が国企業の経営陣の報酬について、依然として固定報酬が中心であり、業績連動報酬や自社株報酬の割合は欧米に比して低い傾向にあると指摘されている 。
- 業績連動報酬や自社株報酬は、業績や株価の変動に応じて経営陣が得られる経済的利益が変化するため、中長期的な企業価値向上への動機付けとなる 。
- 自社株報酬については、それに加え、自社株を保有することにより、経営陣と株主の価値共有に資するというメリットもある。
- 業績連動報酬や自社株報酬の導入を検討するに際しては、例えば各社の状況に応じて、以下のような要素を踏まえて検討することが有益である。
- 自社が掲げる経営戦略等の基本方針に沿った内容になっているか。
- 財務指標・非財務指標を適切な目標として選択しているか。
- 自社の状況からして業績連動報酬や自社株報酬を導入することが適切な時期か 。
- 報酬全体に占める割合が適切か 。
- 報酬政策(業績連動報酬・自社株報酬を導入するか否かを含む)を検討するに際しては、まず経営戦略が存在する必要がある。その上で、経営戦略を踏まえて具体的な目標となる経営指標(KPI)を設定し、それを実現するためにどのような報酬体系がよいのか、という順番で検討していくことが重要である。経営戦略なくして、報酬政策だけを検討しても、経営陣に対して適切なインセンティブを付与することに繫がらない。
- 中長期的な企業価値に向けた報酬体系についての株主等の理解を促すために、業績連動報酬や自社株報酬の導入状況やその内容について、企業が積極的に情報発信を行うことを検討すべきである
- 経営陣の報酬体系を設計する際に、業績連動報酬や自社株報酬の導入について、検討すべきである。
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- 業績連動報酬や自社株報酬は、企業が掲げる経営戦略等の基本方針に基づいて設計されるものであるため、その内容は株主等のステークホルダーの関心事である。かかる報酬の導入状況や内容について、企業が積極的に情報発信を行うことが有益である。
- 特にこうした中長期のインセンティブ報酬の比率の少ない我が国企業では、説得力をもった説明を積極的に行うことで、株主等からの理解や評価を得ることが期待され、報酬制度の見直しの後押しとできる場合も多いと考えられる。
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(出所:「『攻めの経営』を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引-」より)
※ ブログの中の人の調査による