「取引推奨」というのは、IPOの承認を受けた会社が、IPO直前に役職員へ”いの一番”に社内研修で周知するような内容です。

「取引推奨」に関するニュースがありましたので、ここでは取引推奨について、簡単に説明させていただきます。

ドン・キホーテ 運営会社前社長が「取引推奨」の疑いで逮捕

2020年12月3日にこのようなニュースがありました。

ドン・キホーテ 運営会社前社長 金融商品取引法違反容疑で逮捕

ディスカウントストア大手の「ドン・キホーテ」の運営会社の前社長が、TOB=株式公開買い付けなどの内部情報が公表される前に、知人に自社の株を購入するよう勧めたとして金融商品取引法違反の取引推奨の疑いで東京地検特捜部に逮捕されました。関係者によりますと知人は株の売買で数千万円の利益を得たということで特捜部などは詳しい経緯を調べています。

逮捕されたのは「ドン・キホーテ」の運営会社で当時の「ドンキホーテホールディングス」の前社長大原孝治容疑者(57)です。

「ドンキホーテホールディングス」はおととし10月、TOB=株式公開買い付けで、流通大手の「ユニー・ファミリーマートホールディングス」のグループ会社になることなど、両社の連携を強化する計画を発表しましたが、東京地検特捜部によりますと大原前社長はこの計画が公表される前のおととし9月、知人の男性に自社の株を購入するよう勧めたとして金融商品取引法違反の取引推奨の疑いが持たれています。

知人は、9月上旬から10月上旬までの間に7万6500株をおよそ4億3000万円で買い付けていたということです。

金融商品取引法では上場企業の役員などが、株価に影響する企業の内部情報の公表前に、株を売買するインサイダー取引のほか、内部情報を伝えずに利益を得させる目的で株の買い付けなどを勧める行為も取引推奨として禁じています。

関係者によりますと知人は買い付けた株を高値で売り抜け数千万円の利益を得たということで、東京地検特捜部と証券取引等監視委員会は詳しい経緯について実態解明を進めるものとみられます。

大原前社長は逮捕前の任意の調べに対し、不正を否定していたということです。

(出所:NHKホームページより)

「取引推奨」とは

金融商品取引法第 167 条の2で定められています。

金融商品取引法第百六十七条の二(あえて原文で書いてます)

(未公表の重要事実の伝達等の禁止)
上場会社等に係る第百六十六条第一項に規定する会社関係者(同項後段に規定する者を含む。)であつて、当該上場会社等に係る同項に規定する業務等に関する重要事実を同項各号に定めるところにより知つたものは、他人に対し、当該業務等に関する重要事実について同項の公表がされたこととなる前に当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等をさせることにより当該他人に利益を得させ、又は当該他人の損失の発生を回避させる目的をもつて、当該業務等に関する重要事実を伝達し、又は当該売買等をすることを勧めてはならない。

2 公開買付者等に係る前条第一項に規定する公開買付者等関係者(同項後段に規定する者を含む。)であつて、当該公開買付者等の公開買付け等事実を同項各号に定めるところにより知つたものは、他人に対し、当該公開買付け等事実について同項の公表がされたこととなる前に、同項に規定する公開買付け等の実施に関する事実に係る場合にあつては当該公開買付け等に係る株券等に係る買付け等をさせ、又は同項に規定する公開買付け等の中止に関する事実に係る場合にあつては当該公開買付け等に係る株券等に係る売付け等をさせることにより当該他人に利益を得させ、又は当該他人の損失の発生を回避させる目的をもつて、当該公開買付け等事実を伝達し、又は当該買付け等若しくは当該売付け等をすることを勧めてはならない。

この条文で最も重要な箇所は赤字の箇所になります。

ドンキの前社長は、金融商品取引法第 167 条の2第2項にある「公開買付者等関係者」になりそうで、これに引っ掛かる疑いがあるようですね。

取引推奨とは、例えば、重要事実を知っている会社関係者(役職員に限りません)が、「うちの株を買うといいよ」とか「うちの株を売るといいよ」と言うような行為です。

法定刑は、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又はこれを併科になるそうです!

スミダコーポレーションであった「取引推奨」の事例

取引推奨で逮捕者が出るというケースは、滅多にありませんが、前例はあります。

同じような事件の事例がスミダコーポレーション株式会社(6817)でありました。

スミダコーポレーションは、大幅に配当を増やす方向で社内調整をしていました。

その情報を掴んだ当時の社外当社元社外取締役内田莊一郎氏(以下では「内田氏」といいます)が知人の証券口座を利用して、スミダコーポレーションの株式を購入して多額の利益を得ました。

経緯を簡単に次でまとめます。

表 スミダコーポレーションで起こった取引推奨事件

年月日 内容
2017年1月下旬ごろ 内田氏は、大幅増配するとの重要事実を入手し、公表前に知人名義で複数回、同社株約8万株を約8800万円で買い付けた(自身の利益:約8850万円、取引推奨の利益:約810万円)
2017年12月9日 内田氏は、スミダコーポレーションの取締役を辞任
2018 年 6 月 19 日 内田氏を起訴
2018年11月6日 東京地方裁判所は、内田氏に対して有罪判決を言渡す(被告人に懲役2年6月(執行猶予5年)、罰金 200 万円、追徴金1億 540 万 300 円!)
2018年11月21日 判決確定
2019年11月22日 スミダコーポレーションが内田氏へ損害賠償請求訴訟を提起
2020年 2月4日 内田氏がスミダコーポレーションへ和解金として69,372,500円を支払うことでスミダコーポレーションと内田氏が和解

(出所:証券取引等監視委員会の資料やスミダコーポレーションプレスリリースにもとづき、IPOAtoZ作成)

ここで驚くのが、内田氏が得た利益は、約8850万円であったにもかかわらず、罰金、追徴金、和解金合わせて、1億8千万円弱も支払わなければいけないという結果です。

取引推奨で逮捕されるという例はあまりありませんが、課徴金の例は、いくつかあります。

課徴金とは、金融庁による審判手続を経たうえで、納付命令の決定がされた罰金のようなものです。

「取引推奨」となるケース

「取引推奨」を理解する上で最も重要なところは、金融商品取引法第百六十七条の二にある「売買等をさせることにより当該他人に利益を得させ、又は当該他人の損失の発生を回避させる目的」という箇所になります。

業務上で営業先等の取引先、または社内ミーティング等で重要事実を話さなければいけない場面が多くあります。

また基本的にはNGですが、うっかりしゃべってしまったという場面も想定できます。

この点に関するQ&Aがあります。

未公表の重要事実を知っている上場会社等の役職員が、業務上の必要から取引先等に重要事実を伝達することは情報伝達規制の対象となるのでしょうか。また、社内で重要事実を伝達することも当該規制の対象となるのでしょうか。
情報伝達・取引推奨規制(金融商品取引法第 167 条の2)の対象となる行為は、上場会社等の重要事実を職務等に関し知った会社関係者が、「他人」に対し、「重要事実の公表前に売買等をさせることにより他人に利益を得させ、又は他人の損失を回避させる目的」(目的要件)をもって情報伝達・取引推奨を行うことです。
情報伝達の相手方となる「他人」については、特に限定はなく、会社関係者が会社内の役職員を含む他人に対して重要事実を伝達することが規制の対象となります。なお、会社関係者の所属する上場会社等の他の役職員も会社関係者であり、金融商品取引法第 166 条第 1 項第 1 号の「職務に関し」は広く解釈されるため、会社内で会社関係者から重要事実の伝達を受けた他の役職員(注)が、他人に対して重要事実を伝達することも規制の対象となり得ます。
(注)業務上正当な行為として伝達を受けたものでない場合も含まれ得ると考えられます。
一方、目的要件を満たさない情報伝達は規制の対象ではなく、業務上必要な社内外での情報交換や情報共有は、通常の場合、「重要事実の公表前に売買等をさせることにより他人に利益を得させる」等の目的をもって行うものではないと考えられるため、基本的に規制対象とはならないものと考えられます。
未公表の重要事実を知っている上場会社等の役職員が、家族や知人に対し世間話として重要事実を話してしまった場合には、情報伝達規制の対象となるのでしょうか。
情報伝達・取引推奨規制の対象となる行為は、上場会社等の重要事実を職務等に関し知った会社関係者が、「他人」に対し、「重要事実の公表前に売買等をさせることにより他人に利益を得させる」等の目的をもって情報伝達・取引推奨を行うことです。このため、「重要事実の公表前に売買等をさせることにより他人に利益を得させる」等の目的を有していなければ、日常会話の中で重要事実を話したとしても、基本的に規制対象とはならないものと考えられます。
ただし、上場会社等の未公表の重要事実を、業務とは関係のない他人に話すことは、インサイダー取引が行われるおそれを高めるものであり、また、上場会社等の社内規則に違反するおそれもあるため、情報管理に留意する必要があると考えられます。また、日常会話の中で重要事実を聞いた家族や知人が重要事実の公表前に取引を行えば、当該家族や知人はインサイダー取引規制の違反となることにも留意する必要があります

(出所:平成 25 年 9 月 12 日金融庁情報伝達・取引推奨規制に関する Q&Aより抜粋)

「取引推奨」を免れるために

このような事件は、非上場会社の役職員にとっても無縁ではありません。

上場会社の取引先との間で、その取引先にとっての重要事実を話すことがある可能性があります。

例えば、上場会社との間で一定規模のビックプロジェクトを行って、そのプロジェクトの発表が間近に迫っているとき等です。

このプロジェクトの内容を伝えずに社員が「この会社の株を買えばいいよ」と他人に勧めると、取引推奨となってしまいます。

上場会社の多くでは、取引先とインサイダー情報を話さなければいけなくなった場合、事前に「これはインサイダー情報です」そして「株式の売買をしない」という意思疎通をはかります。このようにすることで、自らを守るようにしています。

なお、上場承認されると、主幹事証券会社の売買管理部というインサイダー情報のプロから学習すると思われます。

また東証は、講師を派遣するサービスやe-ラーニングのサービスがあります。