2021年3月より施行される会社法の改正点のひとつに、上場会社が、取締役等の報酬等として株式発行等をする場合には、金銭の払込み等を要しないことが新たに定められました。
これまでは、誰もが第三者割当や自己株処分等で会社が発行した株式を得るためには、金銭の払込み等を行わなければいけませんでしたが、「上場会社」が「取締役等の報酬等」として株式を交付する場合に限り、金銭の払込みを必須要件としないことになりました。
つまり「上場会社の取締役になれば、タダで株を貰えることができる時代が、やってきた!」ということです(IPOを目指す会社の方々にとって、やる気が倍増すれば、本望です)。
企業会計基準委員会は、この改正に対応するための会計処理方法と開示内容について、定めました。
IPOを準備する段階では、無関係の会計制度ですが、上場後、速やかに株式報酬制度を導入しようとする会社が多々存在するため、ここでは重要な箇所を抜粋して、簡単に紹介します。
「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引」を使える条件
役職員へ譲渡制限付株式を交付する制度(「リストリクテッドストック」といいます)が、上場会社の中で、近年多く採用されています。
こちらで簡単に説明しています。
この制度は、会社が役職員へ株式を交付する前に、会社が役職員へ報酬債権を与える事で成り立っています。
この会社法改正によって、一定の条件の場合、報酬債権を与えるという事前作業をせずに株式交付が出来るという事になります。
- 条件1:取締役、もしくは指名委員会等設置会社における執行役に対する株式交付の場合
つまり、監査役や従業員は対象外になります。
- 条件2:株式交付をする会社が上場会社である場合
つまり、非上場会社は対象外になります。
事前交付型と事後交付型では、会計処理が異なる。
株式報酬の交付パターンは、「事前交付型」と「事後交付型」の2パターンがあります。
「事前交付型」とは、職務開始前に株式報酬の交付を行い、権利確定条件が達成されない場合には企業が無償で株式を取得する取引パターンであり、「事後交付型」とは、職務期間が終了し、権利確定条件が達成されてから、株式交付を行うパターンです。
つまり「これからの職務に期待して、株式を交付する形が、事前交付型」「これまでの職務をねぎらって、株式を交付する形が、事後交付型」と言えます。
これまで上場会社が採用しているパターンは、「事前交付型」が多くなっています。
事前交付型の会計処理
事前交付型の中で、交付する株式が「新株」なのか、または「自己株式」なのかで、会計処理が異なります。
新株発行を行う場合の会計処理
主に次のようなプロセスで会計処理を行うことになります。
- 何年何月何日から、何年何月何日までの報酬なのかを明確にする
- 現金の代わりに株式で報酬を支払うという事になるので、いつからいつまでの職務に対する報酬であるかを明確にする必要があります。
- 「公正な評価単価」を算定する
- ブラックショールズモデルや二項モデルといった算定方法が考えられます。これは、専門の税理士事務所や会計事務所等に算出を依頼することが一般的です。
- 2.で算出した「公正な評価単価」に「新株発行の株式数」を乗じる
- 3.で算出した値を1.の期間、按分して、費用計上する
- 仕訳は、【報酬費用 ●円 / 資本金 ●円】になります。
※ 1.の期間に取締役が退任する取締役がある見込があれば、それを考慮した会計処理が必要になります。
自己株処分を行う場合の会計処理
主に次のようなプロセスで会計処理を行うことになります。
- 何年何月何日から、何年何月何日までの報酬なのかを明確にする
- 現金の代わりに株式で報酬を支払うという事になるので、いつからいつまでの職務に対する報酬であるかを明確にする必要があります。
- 処分する自己株式の帳簿価額を算出する
- 割当日において、処分した自己株式の帳簿価額を減額するとともに、同額のその他資本剰余金を減額することになります。
- 仕訳は、【その他資本剰余金 ●円 / 自己株式 ●円】になります。
- 「公正な評価単価」を算定する
- ブラックショールズモデルや二項モデルといった算定方法が考えられます。これは、専門の税理士事務所や会計事務所等に算出を依頼することが一般的です。
- 2.で算出した「公正な評価単価」に「新株発行の株式数」を乗じる
- 3.で算出した値を1.の期間、按分して、費用計上する
- 仕訳は、【報酬費用 ●円 / その他資本剰余金 ●円】になります。
※ 1.の期間に取締役が退任する取締役がある見込があれば、それを考慮した会計処理が必要になります。
事後交付型の会計処理
「株式引受権」という新しい勘定科目が登場します。
主に次のようなプロセスで会計処理を行うことになります。
- 何年何月何日から、何年何月何日までの報酬なのかを明確にする
- 現金の代わりに株式で報酬を支払うという事になるので、いつからいつまでの職務に対する報酬であるかを明確にする必要があります。
- 「公正な評価単価」を算定する
- ブラックショールズモデルや二項モデルといった算定方法が考えられます。これは、専門の税理士事務所や会計事務所等に算出を依頼することが一般的です。
- 2.で算出した「公正な評価単価」に「新株発行の株式数」を乗じる
- 3.で算出した値を1.の期間、按分して、費用計上する
- 仕訳は、【報酬費用 ●円 / 新株引受権 ●円】になります。
- 新株発行時に資本金へ振り替える
- 仕訳は、【新株引受権 ●円 / 資本金 ●円】になります。
※ 1.の期間に取締役が退任する取締役がある見込があれば、それを考慮した会計処理が必要になります。
自己株式を処分した場合には、自己株処分時に自己株式の取得原価と、株式引受権の帳簿価額との差額を、自己株式処分差額として、会計処理を行うことになります。
開示
開示については、主に次のようなことが求められることになりました。
- 年度の財務諸表において、次の事項を注記する。
- 事前交付型または事後交付型について、取引の内容、規模及びその変動状況
- 付与日における公正な評価単価の見積方法
- 権利確定数の見積方法
- 条件変更の状況
- 事後交付型を導入した場合は、「潜在株式」として取り扱い、潜在株式調整後 1 株当たり当期純利益の算定において、ストック・オプションと同様に取り扱う。
- 関連当事者取引には、該当しない。
金融商品取引法上での開示規制(2021/6/9 UPdate)
株式の無償交付が可能になったことを受け、実務を担当する事務局としては、金融商品取引法への配慮が必要になります。
金融商品取引法上の開示規制に及ぼす影響のひとつとして、「発行価額」をどのように考えるのかという論点を抑える必要があります。
発行価額の総額が1億円以上となる株券の募集については有価証券届出書の発行が必要になり、発行価額の総額が1千万円超1億円未満となる株券の募集については有価証券通知書の提出が必要になるためです。
株式を無償交付に関する金融庁のパブリックコメント
これに関しましては、令和3年2月3日に金融庁が発表した「『会社法の一部を改正する法律』及び『会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律』の施行(1年3月以内施行及び1年6月以内施行)等に伴う金融庁関係政府令等の改正案に対するパブリックコメントの結果等の公表について」の「コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」におけるNo3において、次のようなQ&Aがあります。こちらです。
- 会社法改正により、上場会社において、取締役の報酬等として株式の発行等をするときは、金銭の払込等を要しないこととされた(会社法第 202 条の2第1項第1号、以下「株式の無償交付」という。)。
開示府令第 19 条第2項第2号の2においては、「発行価額又は売出価額」が1億円以上の譲渡制限付株券等の取得勧誘について、臨時報告書の提出が義務付けられているが、同号における「発行価額又は売出価額」について、株式の無償交付の場合には、どのように解釈するのか。
なお、新株予約権については、現行法においても募集新株予約権と引換えに金銭の払込みを要しないことができるが、この場合の譲渡制限付新株予約権証券等の取得勧誘における「発行価額又は売出価額」の解釈についても併せてご教示願いたい。 - 金銭の払込みを要しない株式報酬や、無償発行で行使時に金銭の払込みを要しない新株予約権報酬の発行価額(売出価額)については、その公正な評価額が発行価額になるものと考えており、金融商品取引法第4条第1項第1号(金融商品取引法施行令第2条の 12 に規定する場合に限ります。)の規定により募集又は売出しの届出を要しないこととなる株券等の取得勧誘又は売付け勧誘等の場合で、かつ公正な評価額が1億円以上となる場合には、臨時報告書を提出する必要があると考えられます。
現行法下の発行時に金銭の払込みを要しない新株予約権報酬については、個別の事案に応じて判断することとなります。
しかし、ここで気をつけたいのが、「発行価額の総額 ≠ 会計処理における費用計上額の総額」であること、すなわち発行価額の総額が公正な評価額の総額と必ずしも一致しないという点です。
株式の無償交付に関する会計処理と金商法の違い
ここ数年の間に、取締役が任期中に自己都合での辞任や解任等が何度かあった会社(A社とします)が、取締役へ報酬等として株式を無償交付しようとします。
その場合、
- 会計処理:将来に取締役の辞任や解任等を見積もって、会計処理
- 金商法:将来に取締役の辞任や解任等を見積もらず、発行価額算出
ということになります。
特に譲渡制限期間が長いリストリクテッドストックを取締役へ無償交付する場合、「発行価額の総額」と「会計処理における費用計上額の総額」に乖離が生じるという留意が必要になります。
まとめ
政府は、取締役に対し、株式報酬制度の導入を後押ししています。
これは、日本の国際競争力を上げるためには、役員報酬を企業価値とリンケージすべきという意見が強いためです。
なお、この会社法改正によって、ストックオプションについても、権利行使価格をゼロ円のストックオプションを発行できるようになっています。
実務対応報告第41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」等の公表の一次資料は、こちらになります。
上場した後でも、株式を使った報酬制度を積極的に採用出来ることを覚えて頂ければ幸甚です。