上場を目指す会社のほぼすべての会社が、主幹事証券の担当者による指導が開始する前に中期経営計画を策定しています。

その中期経営計画のほぼ全てに経営環境分析について記載されたページが用意されてあります。

ブログの中の人は、これまでIPOを目指す会社、百社を優に超える中期経営計画を見てきましたが、圧倒的過半数がこの箇所の扱い方を間違っている、または誤解していました。

私は、東証へ上場を目指す会社の社外取締役になっており、本日は、就任後2回目の取締役会でして、その取締役会の主要議案が「中期経営計画の承認」でした。

その内容を確認すると、この会社も経営環境分析の扱い方について間違っていました。

取締役会で中期経営計画の策定プロセスについて、色々意見を述べさせていただきましたが、その中で述べた経営環境分析の扱い方についてを紹介させていただきます。

上場を目指す会社の中期経営計画策定時の参考になれば幸甚です。

経営環境分析の例

ここでは、関東に2件の店舗を持つアイスクリーム屋さん(以下「A社」といいます。)が上場を目指し、中期経営計画を策定することを仮定して考えてみることにします。

調査会社を使った経営環境分析

ほとんどの会社が作成する中期経営計画の経営環境分析のページには、矢野経済研究所やGartnerなどの調査会社、シンクタンク、または各業界団体や官公庁が作成した過去データまたは市場予測が並べられています。

これらの会社や団体が作成するデータや情報は、次のようなことが中心になるはずです。

  1. アイスクリーム市場規模推移と今後の市場規模の予測
  2. 消費者の嗜好変化
  3. アイスクリームの参入企業名や各社の特色

つまり、国内や世界の市場動向や顧客動向、仕入・調達、参入企業など、マクロな視点でのアイスクリーム関連の市場分析が並ぶことになります。

分析

A社の店舗は、「東京ディズニーランド店」と「田園調布駅前店」の2店舗だとします。

東京ディズニーランド内の店舗の経営環境

東京ディズニーランドにある店舗にとって、最も重要な経営環境は「東京ディズニーランドの訪問客数」になるはずです。

ご存知のとおり、東京ディズニーランドの訪問客数には「コロナ」や「インバウンド」、「東京ディズニーランドのイベント」などの影響が極めて大きくなると推定できます。

アイスクリームの市場規模や消費者の嗜好変化、競合の力、またJR舞浜駅周辺に住む住民の人口動向も、経営環境として多少は影響があるとは思いますが、東京ディズニーランドの訪問客数に比べると無視できるレベルの影響はないのではと考えられます。

ディズニーランド前の店舗にとって重要と思われる経営環境
  • 東京ディズニーランドの訪問客数
    • コロナ
    • インバウンド
    • 東京ディズニーランドのイベント
    • オリエンタルランド社の投資計画など

つまり東京ディズニーランド店にとって重要な環境分析は、アイスクリームの国内市場規模推移より、このようなデータやオリエンタルランドの経営計画の方が重要視されるはずです。

田園調布駅前の店舗の経営環境

国内有数の高級住宅地である田園調布駅前の店舗にとりまして、東京ディズニーランドの訪問客数は、全く影響がないと思われます。

また東京ディズニーランドの訪問客数を大きく左右する要因となっている「コロナ」や「インバウンド」の影響も、あまり受けないと考えられます。

むしろ、田園調布駅を中心としたローカルな出来事が、田園調布駅前点にとって、最も影響を及ぼす経営環境であると容易に考えられます。

田園調布駅前の店舗にとって重要と思われる経営環境
  • 田園調布駅周辺に関する情報
    • 田園調布駅付近の人口動向
    • 田園調布駅の乗降客数
    • 田園調布駅周辺の競合店
    • 田園調布駅周辺の再開発など

つまり田園調布店にとって重要な経営環境の情報は、アイスクリームの市場規模推移ではなく、東京都大田区が発信する情報なのかもしれません。

アイスクリーム屋の経営環境分析

アイスクリーム屋の経営環境をまとめると次のようになります。

表 アイスクリーム屋の重要な経営環境

重要な経営環境
 

市場調査会社

業界白書など

【日本全体のアイスクリーム市場】

  • 市場規模推移と予測
  • 消費者の嗜好
  • 参入している会社のシェアや特徴など
 

東京ディズニーランドにある店舗

【東京ディズニーランドの訪問客数】

  • コロナ
  • インバウンド
  • 東京ディズニーランドのイベント
  • オリエンタルランド社の投資計画など
 

田園調布駅前にある店舗

【田園調布駅の周辺状況】

  • 田園調布駅付近の人口動向
  • 田園調布駅の乗降客数
  • 田園調布駅周辺の競合店
  • 田園調布駅周辺の再開発など

第三者機関から入手するアイスクリーム屋の経営環境とA社にとって重要な経営環境には、極めて大きな乖離があるということがわかります。

つまり第三者機関から入手したアイスクリーム屋の経営環境分析は、A社が業績予測を立てるための経営環境分析としては、全く役に立たない可能性が高いということになります。

チャート

間違いだらけの経営環境分析

中期経営計画を策定しようとする会社には、矢野経済研究所やGartnerなどの調査会社やシンクタンク、各種業界団体や官公庁などの第三者機関が作成した過去データや市場予測をコピペしているだけの会社が数多く存在します。

例えば、IPOを達成した会社は、こちらのような外部レポートを使っています。ご参考ください。

経営環境分析の例まとめ【IPO分析】

そのようなデータを利用すること自体は、否定されることではありません。

しかし、上で取り上げたアイスクリーム屋のように、第三者機関から取得する経営環境分析は、ほとんど無意味に近いことがあり得ます。

以下に経営環境分析の扱い方で、間違った扱い方の例を紹介します。

他計画との関連性が全く無い

中期事業計画における経営環境分析の内容は、売上計画などに結び付かなければ意味がありません。

しかし、上場を目指す会社が作成する中期経営計画には、外部調査機関が作成したデータをとりあえずコピペして並べるだけで「経営環境分析のコーナーは終了!」というように済ませ、経営環境分析の内容が完全に”宙ぶらりん”になっている事例が散見されます。

私が社外取締役に就任している会社が作成した中期事業計画は、完全にこの類でした。

上で取り上げたアイスクリーム屋で例えてみますと、「アイスクリーム屋の国内市場推移は、うちの会社の中期事業計画における環境経営分析に使えないから、ガン無視している」という状態です。

この場合、次のような検討が必要になります。

経営環境分析の選択が間違っている、または経営環境分析の材料が不足しているのではないか
  • 経営環境分析は、決して調査会社や第三者機関が作成したデータを使わなければいけないというルールはない。
  • Ⅰの部には、経営環境について記載する項目があるが、第三者機関が作成したデータ等を記載していない会社も多く存在する。
  • 会社が中期事業計画を策定する上で最も適した環境経営分析とは何かを再検討する必要がある。

上で取り上げたアイスクリーム屋のような場合、アイスクリーム屋の市場規模よりも、アルバイトやパートに関する動向やアイスクリームの原材料に関する動向などの方が経営環境分析に利用する方が適切なのかもしれません。

経営環境分析の使い方が間違っているのではないか
  • 経営環境分析は、必ずしも売上予測にリンクする必要がない。
  • 経営環境分析の内容は、中期経営計画のスパンに成果を出さなければいけないというルールはない。

中期経営計画が3か年計画だったとします。そこに記載された経営環境分析の内容は、決して3年以内の売上計画や資金計画等、定量的な数字に反映させる必要はありません。また、第三者機関が策定したデータなどは、新商品開発やマーケティング手法など、各店舗の売上へ直接関係しない定性的な行動計画や戦略の策定の参考材料に利用するということも考えられます。

      売上計画の策定根拠として、不適切な使い方をする

      売上計画を策定する際、その売上計画の数字をどうやって設定したのかという根拠が必要になります。

      しかし、その根拠を第三者機関が作成したデータのみに頼るという会社が存在します。

      上で取り上げたアイスクリーム屋で例えてみますと、「第三者機関が述べているアイスクリーム屋の国内市場の予測を上回る売上増を目指す」ということです。

      この場合、アイスクリーム屋の各店舗の実情を完全無視した売上計画ということであり、売上計画の作成根拠として材料があまりにも乏しいという結論になります。

      このようなプロセスで作られた中期経営計画は、IPOの審査をパスできるような計画とは言えなくなります。

      売上計画の策定根拠に経営環境分析を使う場合
      • 売上計画の策定根拠に第三者機関が作成した経営環境分析データだけを利用する場合、最低限、その経営環境分析データの作成プロセスや裏付けまで抑える必要がある。
      • 「シンクタンクがこう言っているから、売上計画はこうなった」という売上計画は、IPOの審査において否定される可能性が極めて高い。

      経営環境分析のフレームワークが間違っている

      中期経営計画を作成する会社は、経営環境分析のフレームワークとしてSWOT分析を使うことが最も多いようです。

      しかし経営環境分析のフレームワークは、SWOT分析だけではなく、他の手法も存在します。

      それぞれの手法には、特色があり、会社の事業内容や事業構成によっては、SWOT分析が自社の経営環境分析のフレームワークに最も適切であるとは限りません。

      例えば上のアイスクリーム屋がSWOT分析を一つの表でまとめようとする場合、内容に相当無理が出ることが考えられます。

      このブログは、MBAのブログではないため省略しますが、SWOT分析以外の経営環境分析のフレームワークも含め、自社にとって最も適切なフレームワークの検討を行うべきです。

      経営環境分析のフレームワーク
      • SWOT分析が定番であることは間違いないが、SWOT分析を無理やり使う必要はない
      • 経営環境分析のフレームワークが中期経営計画内に記載された数字や活動内容へどのような形で反映されているかを説明できる必要がある
      • 1枚のSWOTの表にまとめようとすると難しい場合がある。その場合は、2枚以上の分析の利用も検討する

      ポイント

      中期経営計画における経営環境分析の使い方について次のように紹介させていただきます。

      経営環境分析の使い方

      経営環境分析の内容が中期経営計画における関連箇所を明示する

      経営環境分析のデータなどが中期経営計画のどのページ、どの箇所に活かされているかを明示することをおススメします。

      経営環境分析のページが宙に浮いていないことを、上場審査担当官などの第三者が理解できるように意識しましょう。

      売上やコストなどの数字に必ずしも結び付ける必要はありません。

      経営環境分析のデータが、中期経営計画に書かれた活動、または数字のどの箇所に繋がっているのかを説明できるようにしましょう。

      経営環境分析は、毎月の予実差異分析から

      ボストンコンサルティングやアクセンチュアなどの外資シンクタンクのエリートや、野村證券の著名アナリスト等が市場環境に関するレポートは、専門家へのヒアリングや関連データを収集して作成されます。

      ヒアリングを受けた専門家は、本当に重要な情報を外部に出すことはないため、専門家ヒアリングによって集めた情報というものは精度が低くなります。

      また関連データは速報性が乏しいというデメリットがあります。

      精度が高く、速報性に問題ない情報は、外部にあるのではなく、自社の事業の最前線にいる人が握っていることは間違いありません。

      経営計画を作成する部門が、社内の最前線にいる部門と綿密なコミュニケーションをし、そのコミュニケーションの内容・結果が盛りだくさんに反映された経営環境分析が完全無敵であるということになります。

      コミュニケーションの基本は、月次の予実差異分析になります。

      月次の予実差異分析の中に各部門の現場で取得したマーケティング情報をまとめ、その情報を中期経営計画の経営環境分析に組み込むことは、極めて重要です。

      経営環境分析は、シンクタンクなどによる第三者からの情報と社内から吸い上げた情報をミックスさせて作成すると非常に効果的です。

      参考となる中期経営計画

      IPOを目指す会社が参考になるのではと考えた中期経営計画の事例を↓で紹介しています。

      ぜひご参考ください。

      IPOを目指す会社が参考に出来る中期経営計画【IPO事例-21】