日経新聞の5月5日の朝刊に「企業統治の指針に「人権尊重」明記 金融庁・東証」という記事が出ました。
こちらになります。
この記事の主な内容は、
- コーポレートガバナンス・コードの指針の補充原則の中に「人権の尊重」を盛り込む
- 取締役会は、人権を重要な経営課題と認識しなければいけなくなる
- 人権に対する日本の対応は遅れている
- 中国のウィグル族の人権侵害で対中制裁に踏み切った欧米の投資家は、人権に対する意識は高い
となっています。
実は、このほどブログの中の人は、IPOを目指す会社の社外取締役に就任することが内定しまして、このような記事が出ると、学習しなければいけない身になりました。
この日経新聞の記事をうけて、人権問題に素人な私の”にわか勉強”で申し訳ありませんが、そもそも人権とは何か、またIPOを目指す会社が「人権の尊重」に関して、どのようなアクションが必要になるのかを考えてみました。なお、この記事は、個人的な見解や意見が大きい記事であることにご注意くださいますようお願いします。
コーポレートガバナンス・コードについては、今後改訂され、6月からの施行を予定しています。
こちらで簡単に説明しておりますので、ご参考ください。
人権とは
そもそもまず「人権とは、何か」から知る必要があると思います。
ブログの中の人が調べたところ、日本の人権については、法務省の人権擁護局というところが中心になっているようです。
法務省の人権擁護局が考える日本における主な人権課題とは、次のようになっています。
- 女性
- 子ども
- 高齢者
- 障害のある人
- 同和問題
- アイヌの人々
- 外国人
- HIV感染者・ハンセン病患者等
- 刑を終えて出所した人
- 犯罪被害者等
- インターネットによる人権侵害
- ホームレス
- 性的指向
- 性同一性障害者
- 北朝鮮当局によって拉致された被害者等
- 人身取引(トラフィッキング)
人権問題の内容について、多くの自治体でもホームページに取り上げていますが、若干違いはありますが、ほぼ法務省の人権擁護局が挙げる項目と同じでした。
今後、IPOを目指す会社は、IPO審査において「これらの人権課題を理由にした就職や人事上の差別、またプライバシー侵害などを行わないため、どのような活動を行っていますか?」と質問されたとき、キチンと回答できるように準備する必要がある事になりそうです。
企業活動と人権尊重の関係は、今ホットです。
中国と密接な関係を持っている日本企業は少なくありませんが、中国共産党によるウィグル族に対する人権侵害は、大きな問題になっています。
その中で中国共産党は、ウィグル族に対し、新疆ウイグル自治区の名産「新疆綿」の生産のために強制労働を強いているという疑惑があります。
大手衣料品メーカーの「ユニクロ」や、大手生活雑貨店「無印良品」では、自社製品に「新疆綿」を使っておりまして、今後も引き続き「新疆綿」を使い続けるのかどうかという決断を投資家等から迫られました。
その記事につきましては、こちらにあります。
「ユニクロ」や「無印良品」にとって、中国は重要な販売先であり、板挟みになっているようです。
今後、中国でのビジネス拡大は、さらにリスクが大きくなりそうですね。
人権尊重に向け、企業に求められそうな活動
人権尊重がコーポレートガバナンス・コードの指針の補充原則に盛り込まれるということは、「プライム市場」または「スタンダード市場」への上場を目指す会社は、遵守が原則になります。
これらの市場への上場を目指す会社に求められる人権尊重に関する活動は、次のような活動になるのではと予想します。
取締役会での決議
取締役会において、人権尊重に関する議案を付議し、話し合ったという証跡が必要になるかもしれません。
つまり取締役会が、人権は重要な経営課題と認識しているという証跡を取締役議事録に残すことが必要になりそうです。
定期的に取締役会において、人権尊重に関する議案を取り上げることも求められるかも知れません。
ブログの中の人が社外取締役に就任する会社の取締役会では、一年に一度、人権尊重に関する議案を取り上げるように提案しようと考えております。
- 取締役会議事録の中に人権尊重に関する議案を付議し、話し合ったという証跡が必要になるかも?
契約内容の見直し
基本取引契約書などのひな型には、人権尊重に関する文言が必要になる可能性があると考えます。
現在、基本取引契約書へは、反社会的勢力の排除条項が盛り込まれていることが一般的ですが、反社会的勢力の排除条項と同様な水準で人権尊重に関する条項を追加されることが一般的になるかもしれません。
つまり、サプライヤーとの間の契約において,サプライヤーに対し、人権を重視した調達基準・行動規範等を遵守する義務を負わせる条項(「CSR条項」といいます。)を設けることでサプライチェーン全体で人権を重視しようとする取り組みを行うことが一般的になるかもしれません。
日本弁護士連合会が「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」というものを公表しており、その中でCSR条項のモデル条項例が提案されています。
第○条(CSR条項)
1(本条項の目的)
甲は,企業の社会的責任(CSR)及び人権を尊重する責任を果たすために,CSR行動規範を策定した上これを遵守し,かつ人権方針を策定した上人権デュー・ディリジェンスを実施しているところ,サプライチェーン全体におけるCSR・人権配慮が必要となっていることにかんがみ,甲及び乙は,そのための共同の取組を継続的に推進するために,本条項に合意するものとする。
2(CSR行動規範の遵守)
乙は,甲と共同して企業の社会的責任を果たすために,別紙規定のCSR行動規範を遵守することを誓約する。また,乙は,乙の調達先(本件取引基本契約の対象となる製品,資材又は役務に関連する調達先に限る。サプライチェーンが数次にわたるときは全ての調達先を含む。以下「関連調達先」という。)がCSR行動規範を遵守するように,関連調達先に対する影響力の程度に応じて適切な措置をとることを誓約する。ただし,乙の2次以下の関連調達先がCSR行動規範に違反した場合に乙に直ちに本条項の違反が認められることにはならず,乙がこの事実を知り又は知りうべきであったにもかかわらず適切な措置をとらなかった場合にのみ本条項の違反となるものとする。
3(人権デュー・ディリジェンスの実施)
乙は,甲と共同して企業の人権を尊重する責任を果たすために,本取引基本契約締結後速やかに,人権方針を策定した上人権デュー・ディリジェンスを実施することを誓約する。また,乙は,乙の関連調達先が同様の措置をとるように,その関連調達先に対する影響力の程度に応じて適切な措置をとることを誓約する。ただし,乙の2次以下の関連調達先が人権デュー・ディリジェンスを実施しなかった場合に乙に直ちに本条項の違反が認められることにはならず,乙がこの事実を知り又は知りうべきであったにもかかわらず適切な措置をとらなかった場合にのみ本条項の違反となるものとする。乙及びその関連調達先が人権デュー・ディリジェンスを実施するにあたっては,日本弁護士連合会「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」を参照する。
4(発注企業の情報提供義務)
甲は,乙から第1項規定のCSR行動規範の遵守又は第2項規定の人権デュー・ディリジェンスの実施の内容に関し説明を求められたときは,乙に対し,相当な範囲で情報を提供しなければならない。
5(サプライヤーの報告義務)
乙は,甲に対し,定期的に,乙及び乙の関連調達先のCSR行動規範遵守及び人権デュー・ディリジェンス実施の状況を報告する義務を負う。乙は,当該報告にあたっては,甲の求めに応じて,報告の内容が真実であることを証明する客観的な資料を提出しなければならない。
6(サプライヤーの通報義務)
乙は,乙又は乙の関連調達先にCSR行動規範の違反事由又は重大な人権侵害が認められることが判明した場合,速やかに甲に対し,通報する義務を負う。
7(発注企業の調査権・監査権)
甲は,乙及び乙の関連調達先のCSR行動規範の遵守状況及び人権デュー・ディリジェス実施状況を調査し,又は第三者をして監査させることができ,乙は,これに協力しなければならない。
8(違反の場合の是正措置要求)
乙に第2項又は第3項の違反が認められた場合,甲は,乙に対し,是正措置を求めることができる。乙は,甲からかかる是正措置要求を受けた日から○週間以内に当該違反の理由及びその是正のための計画を定めた報告書を甲に提出し,かつ相当な期間内に当該違反を是正しなければならない。
9(是正措置要求に応じない場合の解除権)
前項の甲の乙に対する是正措置の要求にかかわらず,乙が相当な期間内に第2項又は第3項の違反を是正せず,その結果当該条項の重大な違反が継続した場合,甲は,本取引基本契約又は個別契約の全部若しくは一部を解除することができる。ただし,乙が当該違反を是正しなかったことに関し正当な理由がある場合は,この限りではない。
10(損害賠償の免責)
甲が前項の規定により,本取引基本契約又は個別契約の全部若しくは一部を解除した場合,乙に損害が生じたとしても,甲は何らこれを賠償ないし補償することを要しない。
11(CSR行動規範の改定)
甲は,CSR行動規範の改定が社会的に合理的と認められる場合又は乙からその承諾を得た場合,CSR行動規範を改定することができる。前者の場合,甲は,乙に対し,改定の内容を通知しなければならない。
なお、日本弁護士連合会によると、CSR条項が単なる抽象的・宣言的な内容にとどまる場合は,サプライチェーンにおける人権・CSR配慮の取組が形骸化してしまう危険性があり、また,CSR条項がサプライヤーに一方的に過大な負担を課すものである場合には,発注企業がサプライヤーに対し責任を転嫁させるための道具として悪用されてしまう危険性があることも注意点に挙げています。
CSR条項に関しまして、事例を紹介します。
NECは「サプライチェーンにおける責任ある企業行動ガイドライン」というものがあり、その中に人権について書かれた項目があるので、紹介します。
Ⅲ 人権・労働
企業は、関連法規制を遵守することのみならず、ILO 中核的労働基準を含む国際的な人権基準を参照し、労働者の人権を尊重する必要があります。
(Ⅲ-1)強制的な労働の禁止
企業は、強制、拘束、非人道的な囚人労働、奴隷制または人身売買によって得られた労働力を用いることはできません。また、企業はすべての就業を強制することなく、労働者の離職や雇用を自ら終了する権利を守る必要があります。
(Ⅲ-2)児童労働の禁止、若年労働者への配慮
企業は、最低就業年齢に満たない児童に労働をさせてはなりません。また、企業は、18 歳未満の若年労働者を夜勤や残業など、健康や安全が損なわれる可能性のある危険業務に従事させてはなりません。
(Ⅲ-3)労働時間への配慮
企業は、労働者の働く地域の法規制上定められている限度を超えて労働させてはならず、国際的な基準を考慮した上で労働者の労働時間・休日を適切に管理する必要があります。
(Ⅲ-4)適切な賃金と手当
企業は、労働者に支払われる報酬(最低賃金、残業代、および法的に義務付けられた手当や賃金控除を含む)に、適用されるすべての法規制を遵守する必要があります。
また、生活に必要なものを賄うことのできる水準の賃金(生活賃金)の支払いに配慮することが望まれます。
(Ⅲ-5)非人道的な扱いの禁止
企業は、労働者の人権を尊重し、精神的・肉体的な虐待、強制、ハラスメントなどの非人道的な扱い、またそのような可能性のある行為を労働者に行ってはなりません。また、個人的な所有物や貴重品を保管できる設備、および適切に出入りできる十分な広さの個人スペースを確保する必要があります。
(Ⅲ-6)差別の禁止
企業は、差別およびハラスメントを行ってはなりません。また、労働者からの宗教上の慣習に関わる要望に対して、適切な範囲で配慮する必要があります。
企業は、現地の法規制を遵守した上で、労働環境や賃金水準などの労使間協議を実現する手段としての労働者の団結権を尊重する必要があります。
企業は、少数者への差別禁止だけではなく、その権利の保全にむけた配慮を推進する必要があります。
企業は、特別な人事管理・就業管理を要する外国人労働者ならびに外国人実習生の人権を損ねることがないように配慮する必要があります。
- 今後、基本取引契約書には、CSR条項が入っていることが一般的になるかも?
企業評価基準
入札時、または取引先の選定基準において、人権尊重に関する項目を設けることが一般的になると思います。
例えば、「NECグループ調達基本方針」には、次のような項目が存在します。
人権・労働に関する責任ある企業行動
- 強制的な労働の禁止
- 児童労働の禁止、若年労働者への配慮
- 労働時間への配慮
- 適切な賃金と手当
- 非人道的な扱いの禁止
- 差別の禁止
- 結社の自由、団体交渉権
- 少数者への配慮
- 外国人従業員への配慮
- 今後、主要な仕入先や外注先または販売先の中に人権を侵害するような問題を発生させた会社が存在する場合、IPOが延期になるかも?
内部監査
社員、またはサプライヤーが人権に関わる問題を起こしていないかどうかの監査を行うことが必須になるのではないでしょうか。
しかし、サプライヤーの人権遵守状況を監査することは、非常に困難だと思います。
- 内部監査のチェック項目の中に人権尊重に関する監査項目が必須になるかも?
教育・啓蒙活動
人権問題について、従業員に教育や啓蒙する取り組みをすることが一般的になるかもしれません。
ブログの中の人が勤めていた会社では、人権についての研修や教育がありました。
ちなみにブログの中の人は、レオナルド・ディカプリオ主演の「ブラッドダイヤモンド」をおススメします。
強制労働が行われているダイヤモンド採掘場が舞台になっている胸糞のサスペンス映画です(注:過激なシーンがあります)。
- 新人研修、または定期的な研修に人権尊重に関するプログラムを求められるようになるかも?
人事・査定
上に記載した「主な人権課題」の各項目(「子ども」除く)について、差別的な人事や査定は、絶対にあってはならないと考えます。
IPOを目指す会社に対しては、人事においても、人権尊重に向けた取り組みを積極的に行っているかどうかが確認される可能性が出てきそうです。
- 女性の幹部登用や障がい者、外国人、高齢者など幅広く人材を雇用しているかどうかが確認ポイントになるかも?
ホットラインの設置
現在、企業に求める内部通報制度とは、自社の会計不正または違法行為に関する不祥事の未然防止または拡大防止を目的とした制度となっています。
この制度が、自社だけではなく取引先を含めた人権侵害にも通報できる内部通報制度に変更しなければいけなくなる可能性があるのではないでしょうか。
つまり違法行為とは言えないような取引、または取引先の人権侵害に関しても、内部通報制度を使った通報が有効であるように、内部通報制度の目的を拡大させることが求められるかもしれません。
- 内部通報制度の目的を拡大させることになるのでは?
まとめ
コーポレートガバナンス・コードの指針の補充原則の中に「人権尊重」が盛り込まれるとの新聞報道があり、それを受けて、IPOを目指す会社はどのような取り組みが必要になる可能性が出てくるのかについてまとめました。
コーポレートガバナンス・コードの指針の補充原則の中に入るということは、プライム市場またはスタンダード市場へ上場を目指す会社にとっては無視できない項目です。
ブログの中の人は将来、スタンダード市場を目指す会社の社外取締役として就任予定でありまして、私個人にとりましても無視出来ない内容です。
このブログをお読みになられた方から、「これは間違ってる」または「こういう事もある」などのご意見があれば、大変ありがたく励みになります。
info@ipo-atoz.comまで、何卒よろしくお願いします。