1月31日に日本証券業協会が「『公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ』報告書(案)」(以下「本報告書案」といいます)を公開しました。
これは政府および公正取引委員会の意向を受け、公開価格の設定プロセス、つまりブックビルディングのプロセスを一部修正するとともに、証券会社の新たな努力義務や規則化等について、公表したものです。
本報告書案は、ブックビルディングのプロセスに影響を与え、かつIPOを目指すベンチャー企業経営者やCFOにとって無視出来ない内容だと思います。
ここでは、本報告書案の内容について、紹介させていただきます。
なお、本報告書案のリンク先は、こちらになります。
なお、ブックビルディングにつきましては、↓で説明しています。ご参考ください。
「公開価格の設定プロセスのあり方等に関する」報告書案作成の経緯
第204回国会(令和3年5月26日)衆議院経済産業委員会にて、立憲民主党の松平浩一議員が「IPOの公開価格が低過ぎるんじゃないか!」という内容の質問をして、金融庁の偉い人が「これから検討します」という回答し、やり取りから議論が始まったようですね。そのやり取りについては、こちらで見ることができます。
また松平浩一議員のブログ記事を紹介させていただきます。こちらになります。
その国会でのやり取りが影響されたかどうかわかりませんが、2021年6月に政府が閣議決定した「成長戦略実行計画」は、IPOの価格決定がユニコーンの育成を妨げていると指摘し、この議論が本格化しました。
本報告書案に関する過去のブログ記事を↓に貼りますので、ぜひこちらもご参考ください。
公開価格の設定プロセスの見直し
公開価格の設定プロセス、つまりブックビルディングのプロセスが一部変更されることになりそうです。
結論から申し上げれば、スタートアップ企業にとっては改善になり、IPO株好き個人投資家や証券会社にとっては改悪になりそうです。
公開価格が仮条件の範囲外で設定できるようになる
現在、公開価格は、仮条件の範囲内で設定されています。ロードショーの結果、仮条件を訂正したくなった場合、現在のルールでは、訂正有価証券届出書と訂正目論見書を提出して、仮条件の範囲を訂正することによって対応することになります。
2022年12月を目途に、ブックビルディングの仮条件に関して、次のような内容が変更されるようです。
仮条件の範囲を拡大させる
主幹事証券会社は、仮条件の範囲を硬直的で狭い範囲とするような社内基準を設けてはいけないようになりそうです。
IPOAtoZは、後日、仮条件の範囲について、記事にしようと考えています。
仮条件の範囲外での指値申告が可能になる
特に個人投資家に影響が出るかもしれません。現在の個人投資家は、IPO株を買いたいと思ったら、幹事証券会社に申込、ひたすら当選を待つだけでした。
これが高い指値申告をすれば、IPO株を購入できるようになるという改革が起きそうです。
SBI証券の「IPOチャレンジポイント」の価値が爆下げしてしまうんじゃないでしょうか。
証券会社では多少なりとも、システム変更が必要になりそうです。
仮条件の範囲外での公開価格を設定できるようになる
ブックビルディングの結果、仮条件の範囲を超える需要が多いことが確認された場合、「一定の範囲」内であればブックビルディングのやり直しをせずに仮条件の範囲外で公開価格を設定できることになりそうです。
上場日程が短縮される
現在のブックビルディング方式では、上場承認日から上場まで4週間程度の日程を必要とされています。
この日程間隔を狭くすれば狭くするほど、投資家にとっての投資リスクが下がる事になりますので、IPO株投資にとって良い環境になることが期待できます。
そこで上場日程の短縮化や柔軟化を議論していました。
本報告書案によると、2022年12月を目途に↓のような改善がされることになりそうです。
上場承認日から上場日までが約4週間から21日程度に期間短縮される
現在のブックビルディング方式では、上場承認日から上場日までの日程に4週間程度を要し、その間に正月やGW等があれば、カレンダーベースで4週間に全く納まりません。
そこで↓のように運用や慣行等を見直すことにより、上場承認日から上場日までの期間を短縮することを目指すようです。
この見直しは、上場承認を受けた会社と投資家の両方にメリットがあると思われます。
有価証券届出書の実務を見直す
有価証券届出書は、上場承認日に提出することになっています。
そこで実務慣行や運用を見直し、上場承認日より前に有価証券届出書を提出することが出来るようになるようです。
仮条件決定日の実務を見直す
今は、実務上、仮条件決定日に会社法上の募集事項を定めていますが、仮条件決定日より前に会社法上の募集事項を定めることが出来るようにするようです。
これによって、2週間程度の期間を必要としている仮条件決定日から上場日までの期間が9日程度に短縮するようです。
目論見書の運用を見直す
目論見書に公開価格等の公表方法を記載することによって、訂正目論見書の交付を不要とすることで、現在約1週間要している公開価格設定から上場日までの期間を4日程度に短縮することに見直すようです。
プレ・ヒアリングの実施が推奨される
今は株式上場前に、プレ・ヒアリングを行う会社はほとんどいないようですが、実務運用の留意点を周知して、実施を推奨することになるようです。
また、現在禁止されている子会社上場等に係るプレ・ヒアリングも可能とするように、規則が改正されそうです。この改正によって、インサイダー取引のリスクが出そうですね。
有価証券届出書と目論見書の記載内容を見直す
有価証券届出書と目論見書の記載内容について、次に示すような内容を見直すことで公開価格等の設定や変更を柔軟に行うことが出来るように見直しを行うようです。
想定発行価格や手取金概算額の記載方法を見直す
現在の有価証券届出書では、想定発行価格や手取金の額を明示しています。
そこで、想定発行価格を開示しない選択をすることや、手取金の額を一定の幅をもって記載することも可能であることを明確化することによって、有価証券届出書提出後でも公開価格の設定が柔軟化できると考えられています。
売出株式数を柔軟に変更できるように注記する
売出株式数を変更する可能性がある場合には、あらかじめその旨を有価証券届出書に注記し、また、売出株式数の変更数量が「一定の範囲」内であれば、ブックビルディング
のやり直しをせずに公開価格の設定と同時に売出株式数を変更することが可能であることを規則化するようです。
発行価格設定に関する情報量が増える
日本証券業協会や主幹事証券会社が↓のような取り組みを行い、今まで以上に上場予定会社が発行価格設定に関する参考となる情報の量を増やすことになりそうです。
想定発行価格、仮条件又は公開価格の提案に際し、その根拠を明示する
想定発行価格、仮条件又は公開価格の提案に際し、その根拠を発行会社に説明することを引受規則において明示的に求めることになりそうです。
主幹事証券会社別の初期収益率等が公表される
日本証券業協会が発行会社名、上場日、主幹事証券会社、発行・売出規模、仮条件、公開価格、上場日初値、公開価格と上場日初値との乖離率(初期収益率)及び上場日から一定期間経過後の株価(終値)並びに主幹事証券会社ごとのオファリングサイズ別の主幹事件数及び平均収益率等を公表することになりました。
主幹事証券会社を選定する際の参考情報になりそうです。
まとめ
日本証券業協会が1月31日に公表した「『公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ』報告書(案)」の内容について紹介させていただきました。
↑で取り上げた内容だけではない情報も存在しますので、出来れば、時間がある際に原文を確かめてください。
この報告書案の内容は、上場承認を受けた会社にとっては嬉しい見直しが多くあります。
しかし一方、IPO好きの個人投資家や主幹事証券会社にとっては、ネガティブな見直しが多くあります。
小規模な会社の主幹事を引き受ける証券会社は、IPO支援業務によって大きな収益をあげておらず、むしろコストセンター的な役割になっています。野村、大和、日興、みずほのIPO大手主幹事証券会社は、今後大規模なIPOしか引受しなくなり、IPO案件を絞り込む可能性が出てくるのではないかと考えます。
またIPOの発行価格と初値が乖離している事に対して、「発行価格を上げて、乖離幅を減らせ!」と立憲民主党議員が言った事が発端になりました。しかし今回の見直しによって、IPO好きの個人投資家が減ってしまう可能性が出てきました。そのようになってしまうと、「初値を下げて、発行価格との乖離幅を減らす事になってしまう」という事になってしまうのではと危惧します。
このような懸念事項がありますので、この見直しは、スタートアップ企業の全般にとって嬉しい見直しになるのかどうか、私には全く判断出来ません。
さらにこの見直しによって、2022年のIPO件数、特に2022年後半のIPO社数は減る可能性があると思います。
そう考える理由は、この見直しの対応が開始された後の方が公開価格の設定において、上場承認を受けた会社にとって有利になるからです。