従業員持株会は、上場後に組成するのではなく、ほとんどは上場準備段階において、組織化されています。
しかし一方、従業員持株会の仕組みについて詳しく説明している本やサイトが見当たらず、また間違った説明をしているサイトも散見しました。
そこで、IPOAtoZが、従業員持株会について、日本一詳しいサイト作りを着手しました。
従業員持株会に関して、他の本やサイトに存在しない有料級の情報もあります。
上場準備担当者の皆様の参考資料になれば、幸甚です。
従業員持株会とは
従業員持株会(従業員持株制度、社員持株制度)とは、ザックリ説明しますと次のような制度になります。
- 従業員が自社株の取得を目的とした組織である。
- 会社から支援を受ける独立組織である。
- 民法に基づく組合として位置づけされる(法律上では、マンションの管理組合と同質)。
- 月次給与または賞与からの天引きにより、投資資金が形成される。
通常、株式を購入するためには、一定以上のまとまった資金を要しますが、従業員持株会の場合は、福利厚生の一環として会社の支援がある上、毎月少額の積立で株式が購入できるという魅力的な制度になります。
従業員持株会の運営は、日本証券業協会が公表している「持株制度に関するガイドライン」に則る運営が必要になります。
従業員持株会の普及率
2020年に上場を達成した会社93社中、少なくとも48社(IPOAtoZ調べ。IPO時の有価証券届出書に従業員持株会が組織化していることが明記されている会社数。実際には、さらに多いことは間違いありません。)が従業員持株会を組織化していました。
また東証の調べによりますと、2020年3月末現在における上場会社3,708社のうち、3,236社が大手5社の証券会社による事務の元で、従業員持株会を運営しています(東証 調査レポート より)。
したがいまして、従業員持株会の普及率は高いと言え、上場を目指すことをきっかけとして、もしくは上場達成直後に、従業員持株会の組織化することは、一般的なこととして考えられます。
従業員持株会のメリット
従業員が期待できる従業員持株会のメリット(非上場会社の場合)
従業員持株会を組織化することは、会社側、従業員側の両方にメリットがあります。
まず表1では、非上場会社が従業員持株会を設立する際、従業員が期待できる主なメリットについて説明しています。
表1 従業員が期待できる従業員持株会の主なメリット(非上場会社の場合)
主なメリット | |
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メリット1 | 【奨励金を得て、株式投資または貯蓄できるチャンスがある】
会社が福利厚生のひとつの手段として、”従業員持株会への奨励金”という形で、資産運用の手助けをしてくれます。 |
メリット2 | 【配当金を得て、株式投資または貯蓄できるチャンスがある】
配当が出れば、それを投資または貯蓄できるようになります。 |
メリット3 | 【会社が上場すれば、大きなリターンが見込めるチャンスがある】
会社が上場すれば、会社の株価が爆上げし、利益を享受できるようになるかもしれません。 |
3つのメリットの中で、最も大きいメリットは、「メリット3」がダントツです。
会社が非上場の場合、会社の取締役会が認めると、従業員持株会は、自社の株式を購入することが出来ます。
その後、運良く、会社が上場すれば、その株式の価値が爆上げして、資産が激増するかもしれません。
有名な事例は、株式会社リクルートホールディングスです。株式会社リクルートホールディングスが上場したとき、従業員持株会は、63,884,060株を所有する筆頭株主でした。
初値が3,170円になりました。ということは、初値ベースでの従業員持株会の時価総額は、なんと2,025億円です!
さらに上場時、従業員持株会は「親引け」が出来ます。通常、IPOの株式は、人気が殺到してなかなかゲットできませんが、「親引け」という方法でIPOの株式をゲットできるようになります。
IPO時に「親引け」を行った会社は多くあります。
「親引け」については、こちらで説明しています。ご参考ください。
また、こちらでは「親引け」について、ちょっとした分析をしています。
従業員が期待できる従業員持株会のメリット(上場会社の場合)
次に、会社が上場すると、従業員は従業員持株会に対して、どのようなことが期待できるのかを表2にまとめました。
表2 従業員が期待できる従業員持株会の主なメリット(上場会社の場合)
主なメリット | |
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メリット4 | 【奨励金を得て、株式投資できるチャンスがある】
奨励金は全額、株式投資資金に加えられます。 |
メリット5 | 【配当金を得て、株式投資できるチャンスがある】
配当金は全額、株式投資資金に加えられるため、複利効果が期待できる。 |
メリット6 | 【ドルコスト平均法で株式投資でき、株価が上昇すれば、リターンを得るチャンスがある】
ドルコスト平均法とは、価格が日々変わる株式を一度に購入するのではなく、一定額ずつ分けて購入することによって、平均買付単価を抑え、かつ時間分散によるリスク軽減効果が期待できる投資方法です。会社の株価が上場すればするほど、資産が増加します。 ドルコスト平均法についての説明は、日本証券業協会が説明しているページがございます。こちらです。 |
メリット7 | 【株主優待を獲得できるチャンスがある】
会社が株主優待制度を採用した場合、かつ持株会が株主優待受取を拒否していない限り、株主優待を受け取ることができる可能性があります。 ある電鉄会社の従業員持株会では、株式優待を持株会事務局が管理し、希望する従業員持株会会員に配布しています。 |
メリット8 | 【従業員持株会を活用したインセンティブプラン導入により、大きなリターンを得るチャンスがある】
「従業員持株会を活用したインセンティブプラン」についての説明は、後述します。 |
会社が期待できる従業員持株会のメリット
会社は、従業員持株会を設立することが次のような期待ができます。
表3 会社にとっての従業員持株会の主なメリット
主なメリット | |
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メリット9 | 【資本政策面における安定化の一助となる】
株式売却を希望する既存株主が現れた際の受け皿として期待できる(非上場時) 定期的な買付による株価の向上・安定化のための策として期待できる(上場時) 経営陣を支える安定株主として期待できるため、株主総会の円滑化の助けを期待できる |
メリット10 | 【従業員のモチベーションアップを期待できる】
株価に対する意識の醸成を期待できる |
メリット11 | 【福利厚生の一環として使える】
福利厚生を使った方策は様々存在するが、福利厚生費が株価または資本政策の下支えに繋がる方法は従業員持株会以外に存在しない |
非上場会社の経営者も、上場会社の経営者も「メリット9」または「メリット11」が最も大きなメリットとして期待していると思われます。
従業員持株会の奨励金
従業員持株会の奨励金は、非常に魅力です。
非上場会社の場合は、拠出金に対し、3%または5%が一般的のようです。
上場会社の持株会につきましては、東証が毎年、大手証券会社5社からの報告を「従業員持株会状況調査結果」として、まとめています。こちらになります。
- 調査対象会社全体の 96.5%に奨励金が支給されている。
- 奨励金は、5%が最も多く(1,142社)になっている。
- 奨励金の平均は、8.8%になっている。
従業員持株会の奨励金で有名な会社は、サイボウズ株式会社です。
サイボウズ株式会社の従業員持株会の奨励金は、なんと100%です。それに関するプレスリリースはこちらにあります。
従業員持株会のデメリット
従業員持株会のデメリット(非上場会社の場合)
従業員持株会を組織化することは、メリットだけではありません。
表4では、非上場会社の従業員持株会へ入会する会員にとっての主なデメリットについて説明しています。
表4 従業員持株会会員の主なデメリット(非上場会社の場合)
主なメリット | |
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デメリット1 | 【退会するまで、投資資金を引き出しできない】
拠出金は、会社が非上場である間、原則退会時まで引出しができません。 |
デメリット2 | 【倒産や業績が低迷するとリターンが無くなる、または損失が出る可能性がある】
会社の業績悪化や持株会の資金が枯渇することなどがあれば、損失をまねく可能性があります。 会社の業績が悪化すると、奨励金が無くなる可能性が出てきます。 |
非上場会社の従業員持株会は、会社が上場達成すると、大きなリターンを期待できる一方、業績不振を原因として上場延期を繰り返す、または上場を諦めざるを得なくなるような状況になってしまえば、損失が出る可能性が出てきます。
従業員持株会のデメリット(上場会社の場合)
従業員持株会は、株式を購入する団体なので、やはり株価が低迷すれば、損失を招くというリスクがあります。
表5 従業員持株会会員の主なデメリット(上場会社の場合)
主なメリット | |
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デメリット3 | 【損失が発生するリスクがある】
株価が低迷すれば、損失が発生するリスクがあります。 |
デメリット4 | 【意外と自由に売却できない】
会社が上場すれば、証券市場を通じて、株式売却が出来るようになりますが、インサイダー情報を持っている場合は出来ません。 また株式を売却するためには、従業員持株会内の口座から、個人の口座へ一旦引出しをする手続きを行う必要があります。 したがいまして、株式売却する意思を固めてから、株式売却できるようになるまでに日数を要することになります。 |
従業員持株会とマイナンバー【事務担当者必見!】
配当金を出している会社の場合、マイナンバーへの注意が必要になります。
従業員持株会を運営するにあたり、「信託の計算書」という法定調書を提出する必要が出るためです。
「信託の計算書」のフォーマットなどは、国税庁のこちらにあります。
このフォーマットをご覧いただければ「信託の計算書」には、従業員持株会会員のマイナンバーの記載が必要になることがわかります。
なお、「信託の計算書」は全ての従業員持株会に提出が必要ではなく、次のような要件にあった会員が存在する従業員持株会だけです。
- 非上場会社の場合:年3万円以上の配当金を得た持株会会員のみ
- 上場会社の場合:配当金を得た持株会会員の全員
実務的には、マイナンバーは、従業員持株会事務局が改めて収集するのではなく、会社が保管しているマイナンバーを従業員持株会が流用することが一般的だと思います。
そこで面倒であり重要なポイントであるのが、会社と従業員持株会は別法人であるということです。
つまり、悪意が無くとも、会社が保管しているマイナンバーを他法人へ流出させることは法的なリスクが生じることになります。
また、マイナンバーの管理を人事給与計算外注先などに依頼している会社の場合、実務的にややこしくなります(会社と人事給与計算外注先の契約変更も必要になるかもしれません)。
会社は、従業員からマイナンバーの提出を求めるにあたり、「利用目的」を提示する必要がありますが、その際に従業員持株会への利用が入っていない場合は、利用目的を再度提示するなどマイナンバー法への配慮が必要になります。
従業員持株会の運用
従業員持株会の通常の運用
従業員持株会の通常の運用については、図1と表4にて説明します。
図1 従業員持株会の通常の運用プロセスイメージ
表4 従業員持株会の通常の運用プロセス(図1の説明)
① | 会社が会員に対し、奨励金を付与する |
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② | 奨励金を合算し、給与や賞与から天引きにより、拠出する。 |
③ | 会員からの拠出金を所定の銀行に預け、会員の誰がどれだけ拠出したのかを管理する(IPO達成後は、銀行へ預金せず、自社株式を購入する。) |
【図1の説明】
※奨励金
- 奨励金の額は、実質的に会社が決定し、福利厚生費として損金計上。
- 奨励金は、給与所得に含まれる。
- 子会社従業員への奨励金は、子会社で負担し、親会社が負担しない。
- 奨励金は、給与所得になる。
※※従業員
- あくまでも入会希望者だけであり、入会を強制してはいけない。
- 持株比率50%超の子会社の従業員であれば、入会可能。
- 執行役員の入会可否は、会社によって異なる。
※※※拠出金
- 拠出金は、定時拠出(月次給与または賞与からの拠出)と臨時拠出の2つがある。定時拠出に対しては、奨励金を与えてもよいが、臨時拠出には奨励金を与えてはいけない。
- 月次の拠出は、毎月同じ日に、毎月同じ方法で実施する。
- 配当がある場合は、プール(または再投資)することになる。決して各会員へ配当を支払ってはいけない。
※※※※持株会理事会・事務局
- 持株会の理事会は、マンションの理事会と同様、理事長・理事・幹事で組成される。
従業員持株会が株式購入する時の運用
従業員持株会は、自社株式を購入する組合です。しかし、未上場会社の株式を購入できるチャンスは多くありません。従業員持株会が株式を購入するには、既存株主が株式を売却したいという意向が出たり、会社が新株式発行・自己株式処分をする際にチャンスが出ます。
従業員持株会が株式を購入するプロセスを図2と表5で説明させていただきます。
図2 従業員持株会が株式を購入するプロセスイメージ
表5 従業員持株会が株式を購入するプロセス(図2の説明)
① | 持株会理事会で株式を購入する決議を行う(IPO達成後は、必要なし)。 |
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② | 株主総会または取締役会にて、株式の譲渡や新株発行等により従業員持株会が株式を購入する事を許諾する決議を行う(IPO達成後は、必要なし)。 |
③ | 既存株主(または会社)が株式を持株会へ売る(IPO達成後は、取引市場から購入する)。 |
④ | 株式の購入資金を銀行から引き出す(IPO達成後は、必要なし)。 |
⑤ | 銀行から引き出した株式購入資金を、既存株主(または会社)へ支払い、株式が持株会のものになる(株式の名義は理事長になる)。 |
⑥ | 購入した株式は、各会員の拠出金残高に応じて、比例配分される。 |
【図2の説明】
※株式購入決議
- 理事会で株価、株数を決議。
- 株式の購入は原則、拠出金の残高の範囲のみにし、残高が不足している場合は臨時拠出の募集を会員から募る。
- 臨時拠出に対しては、奨励金を付与出来ない。
※※配分
- 拠出金の残高に応じて比例配分される。したがって各会員の持株残高は少数点未満の持株が存在する。
- 比例配分されるという事は、拠出金残高が高い会員は多く株式の配分を受ける一方、拠出金が多く減額される事になる。
- 配当支給があれば、持分株式の数に応じて、比例配分される。
従業員持株会から退会者が出たときの運用
従業員持株会の会員は、あくまでも従業員だけになります。したがいまして退職すれば、自動的に退会する事になります。
退会者が出た際のプロセスを図3と表6で説明させていただきます。
図3 退会者が出た時のプロセスイメージ
表6 従業員持株会が株式を購入するプロセス(図3の説明)
① | 退会者が持っている株式を持株会へ売却する(IPO達成後は、単元未満株式を除き、退会者個人の証券口座へ振り替えする)。 |
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② | 株式の購入資金を銀行から引き出す(IPO達成後は、必要なし)。 |
③ | 精算金を支払い、退会手続きは終了する(IPO達成後は、単元未満株相当額のみ)。 |
④ | 会員の拠出金残高に応じて、比例配分される。 |
【図3の説明】
※清算金
- 清算金は原則、【拠出金累計額】+【奨励金累計額】+【配当金累計額】とする。
- 株式の売買は、原則、あらかじめ持株会が決めた株価で行う事にし、退会時の時価を使った計算で行わない。
従業員持株会のルール
従業員持株会のルールは、日本証券業協会が公表している「持株制度に関するガイドライン」にあります。
これに則らないと、時と場合によっては、運用中に自然に金融商品取引法などの法律違反を犯してしまうようなことが出てきます。
(実は、ブログの中の人は、大手マスコミの従業員持株会が金融商品取引法違反をしながら、運営をしていることを知っております)
主なルールをこちらで説明します。
従業員持株会の理事長
従業員持株会は、理事長を選任する必要があり、取得した株式は、理事長の名義になります。
従業員持株会の会員
実施会社またはその子会社の従業員である必要があります。
「子会社」とは、会社法第2条第3号に定められた子会社であり、連結子会社とは異なる場合があることに注意が必要です。
また、特にホールディングスなどの持株会社を設立したときなど、組織再編時に注意が必要になります。
組織再編などによって、従業員持株会から退会せざるを得なくなった会員への救済策などとして、拡大従業員持株会という制度があります。
こちらで簡単に説明しています。
「従業員」とは、定義が明確になっていませんが、一般的には正社員の他、フルで働くパート・アルバイト、契約社員も含まれています。
なお執行役員については、取締役又は執行役を兼任していない執行役員のみ認められています。
従業員持株会の拠出金の上限(2024年9月更新)
1会員1回につき200万円未満としなければいけません(2024年9月更新)。
あまり気にする必要はないと思いますが、賞与からの拠出日と月次給与からの拠出日が同一日であれば、注意が必要です。
従業員持株会の奨励金
奨励金については主に次のような決まりがあります。
- 月次給与または賞与に対しては奨励金を与えてもよいが、臨時拠出金に対しては奨励金を与えてはいけない
- 奨励金は全額投資のための資金となる
従業員持株会の株主総会の議決権
従業員持株会が株主総会で議決権を行使するにあたっては、次のような決まりがあります。
- 理事長が議決権を行使する
- 理事長は、株主総会招集通知の内容を会員に周知させなければいけない
- 総会ごとに理事長に対して特別の行使(不統一行使)をする旨の指示ができる
従業員持株会への現物組入
持株会会員が既に保有している株式について、従業員持株会は、次のような場合を除き、原則組入れをすることができない
- 非上場会社の従業員持株会を組織するとき
- 会員が、出向、転籍又は企業再編等を事由として受入側持株会に入会する資格を得ているとき
従業員持株会の退会
会員は、退会できますが、一旦退会した者は、原則復帰できない
従業員持株会の配当金
配当金は、全額投資資金に充当する。したがって、配当金の引き落としはできない。
従業員持株会の設立方法
IPO後に従業員持株会を設立すると、インサイダー情報を保持した状態で入会できなくなるという法的な制約が存在します。またIPO前に設立する方が、会員にとってもメリットが多く存在するため、IPO前に設立することをおススメします。
従業員持株会の設立には、ほとんど2~3ヶ月要します。
次に従業員持株会の設立方法について説明します。
従業員持株会の事務委託する証券会社を選択する【有料級情報】
従業員持株会を設立するにあたっては、事務を委託する証券会社の選択から始まります。
証券会社は、従業員持株会を設立準備に関する一連の資料のフォーマットを保有しておりまして、持株会設立の効率化を手助けしてくれます。
また、持株会事務を委託することにより、各会員の持分計算や各種帳票類の整備・提出を行ってくれます。
一部の税理士事務所、またはコンサルティング会社などの中には、従業員持株会の設立を手伝ってくれるところがありますが、これらの多くは、上場準備を目的とした持株会の設立ではなく、事業承継・相続を目的としているため、証券会社を選びましょう。
そこでどの証券会社を選択するべきかという考えに至りますが、IPOを目指す非上場会社は、主幹事証券会社を選択するケースがほとんどです。
しかし、主幹事証券会社を選択しなければいけないというルール等は、一切ありません。
「証券会社だったら、どこも同じじゃないの????」とお思いの方が多くいらっしゃると思いますが、証券会社によって、従業員持株会に関する事務運用面が異なっています。
事務委託証券会社をコンペで選択する際、コスト以外に確認すべき事項をいくつか説明させていただきます。
- 従業員持株会の会員が退会する際、その会員の持分株式は、従業員持株会が定めた株価で売買が行われて、現金化され、退会者に支払われることになります。
- その際の株価算定方式が証券会社によって異なっています(退会時の株価を一般的には「退会精算価格」といいます)。
- 退会精算価格の算定方式によっては、従業員持株会会員のリスク、さらには従業員持株会の破綻リスクの大小に影響を及ぼします。
- 証券会社との契約前に「退会精算価格の算定方式」について確認して、比較することをおススメします。具体的に言いますと次のような質問をしてみてはいかがでしょうか?
- 奨励金10%の持株会に10年いた会員Aが退会することになりました。
- 会員Aの月次拠出金は3万円であり、賞与拠出金はありません。
- 会員Aが会員であった10年間に持株会は5回に渡って株式を購入しました。
- 初回購入時の株価は1株1万円、2回目は1株2万円、3回目は1株3万円、4回目は1株4万円、5回目は1株5万でした。
- 会員Aの株式の持分は、計15株(初回購入時5株、2回目4株、3回目3株、4回目2株、5回目1株)です。
- 会員Aの退会精算価格はいくらになりますか?
上の質問に対する回答で、会員Aの退会精算価格が396万円(3万円×12カ月×10年×1.1)に近い金額を回答した証券会社を選択する方が、従業員持株会の破綻リスクが低くなります。
- 海外へ出向・転勤した持株会会員への扱いが証券会社によって異なります。
- グローバルに事業展開する会社では、無視できない内容と考えられます。
- 証券会社との契約前に「非居住者」について確認して、比較することをおススメします。具体的に言いますと次のような質問をしてみてはいかがでしょうか?
- 会社が非上場の時、持株会会員が海外に出向で転居すれば、その持株会会員はどのようになるのか?
- 会社が上場後、持株会会員が海外に出向で転居すれば、その持株会会員はどのようになるのか?
- 従業員持株会が上場申請日の直前事業年度の末日の1年前の日以後において、第三者割当等による募集株式の割当てを受けた場合、割当てを受けた株式(以下「割当株式」といいます。)を、割当てを受けた日から上場日以後6か月間を経過する日(当該日において割当株式に係る払込期日又は払込期間の最終日以後1年間を経過していない場合には、割当株式に係る払込期日又は払込期間の最終日以後1年間を経過する日)まで所有することが義務化されます(これを「継続所有」といいます)。
- 証券会社との契約前に「ロックアップ」について確認して、比較することをおススメします。具体的に言いますと次のような質問をしてみてはいかがでしょうか?
- 従業員持株会が、継続所有が義務化されている株式と、継続所有が義務化されない株式の両方を混在して所有している場合、ロックアップはどうなるのか?
ほとんどの持株会は、奨励金の出し方が一律です。
しかし、「従業員持株会の加入年数」や「拠出金の多さ」などで奨励金を変動させる従業員持株会があります。そのような対応が可能かどうかも事前に確認することをおススメします。
- 「従業員持株会の加入年数」や「拠出金の多さ」などで奨励金を一律に支給しないような方法に対応できるのか?その限界はどういうものか?
- 従業員持株会の発足時、証券会社は募集勧誘のサポートをしてくれますが、その際のパンフレットのセンスや協力内容が証券会社によって、異なる可能性があります。
- 従業員持株会は、発足時だけではなく、発足後にキャンペーンを行ったり、規約変更があれば、パンフレットなどの変更が余儀されなくなります。
- 従業員持株会の発足時だけではなく、発足後の募集勧誘のサポート体制やコストについても質問をして、比較することをおススメします。
- 従業員持株会を発足してしばらくたった後、会員の募集キャンペーンをしようとする場合、どのようなサポートをしてくれるのか?そのサポートのコストは?
会社が上場すれば、従業員持株会を活用したインセンティブプランがいくつかあります。
そのインセンティブプランのひとつである「従業員持株会向け譲渡制限付株式インセンティブ制度」を↓に紹介しています。
ブログの中の人は、「従業員持株会向け譲渡制限付株式インセンティブ制度」は、メリットが大きく、上場後、経営者は導入を検討するに値するインセンティブプランと考えています。
「従業員持株会向け譲渡制限付株式インセンティブ制度」を採用した場合、従業員持株会の各会員が保有する普通株式と譲渡制限付株式は、別々に管理する必要が出てきます。
- 「従業員持株会向け譲渡制限付株式インセンティブ制度」に対応できる従業員持株会管理システムを保有していますか?
発起人の選任
発起人のほとんどは、そのまま理事会のメンバーになります。総務部門が中心になるケースが多くあります。
規約・運営細則(案)の作成
持株会の名称、会員の範囲、拠出金額の上限、奨励金付与率等を決定します。
規約と運営細則のドラフトは、証券会社が持っており、それをベースにして作成することになります。
「従業員持株会の制度設計」をご参考ください。
従業員持株会の印鑑作成
従業員持株会の理事会の活動において、契約書締結、理事会議事録整備や銀行口座開設という場面で押印が必要になります。
このような場面で使用する印鑑の作成が必要になります。
発起人会の開催
発起人会を開催し、規約・運営細則の承認と理事会メンバー役員(理事長、理事、監事)を選任します。
発起人会議事録や設立契約書等の作成承認を行います。
従業員持株会と会社間で覚書・協定書の締結
覚書とは、給与控除の依頼や奨励金の負担などを求める覚書になります。
従業員持株会の拠出金は、給与や賞与から天引きされるため、労働基準法により労使間で協定等を締結する必要があります。
覚書や協定書等は、引受審査または上場審査のときに提出を求められる可能性があります。
銀行口座開設
従業員持株会としての法人口座を銀行に開設します。
法人口座を開設するにあたっては、規約と印鑑、理事長選任が必要になります。
銀行口座は、会社からの給与天引きによる拠出金や配当金の受入、さらに証券会社から送金される退会者の清算代金の振り込みに利用します。
証券口座開設
銀行口座開設後、従業員持株会としての法人口座を証券会社で開設します。
証券口座とは、株式を購入するために利用する口座です。会社が非上場の場合は、証券口座開設が必須ではありません。
しかし、証券口座を開設し、拠出金を銀行口座から証券口座へ振り込むことをおススメします。
証券口座で拠出金を保管すると、拠出金の残高と帳票類に記載された残高が常に合致するため、従業員持株会の拠出金管理において、一定の牽制機能が効くことになります。
給与控除のためのシステム整備
奨励金の支払額は、給与明細に記載することになります。
奨励金は、給与に含まれるため、所得税額に影響を及ぼすことになります。
信託の計算書(特にマイナンバーの授受)等の調書作成体制整備
従業員持株会を運営するにあたり、税務調書の作成と提出が必要になります。
信託の計算書については、こちらで説明しています。
会員募集
従業員に対して説明会を実施します。多店舗の会社の場合は、募集パンフレットの配布だけで済ませる会社もあります。
証券会社の協力を最大限に活用しましょう。
入会届の収集、会員データ登録
会員募集時に入会届出書を徴収します。その入会届出書を証券会社へ提出し、証券会社がデータ登録を依頼します。
拠出金の送金
会社は、給与支給日に各会員が申し込んだ金額の天引きを行い、会社から支給される奨励金と合わせて、持株会の銀行口座へ送金します。
持株会の事務局は、銀行口座から証券口座へ奨励金の振込を行います。
これで、ひとまず終了です。
従業員持株会の制度設計
従業員持株会を発足させるにあたっては、一人でも多くの会員、また1円でも多くの拠出金を募りたいと経営者は考えるはずです。
そのための制度設計などは、どのようなことが考えられるでしょうか?
大手宅配会社が行った従業員持株会の活性化策を参考として考えてみました。
なお、大手宅配会社が行った従業員持株会の活性化策は↓になります。
奨励金
従業員持株会に加入する大きな魅力は、なんといっても奨励金です。
奨励金を上げれば上げるほど、持株会の運営は活性化されることが期待できますが、あまりにも高額になってしまうと、会社にとってコスト増に繋がり、負担が大きくなります。
そこで奨励金の出し方を以下のような工夫をすると従業員持株会入会へ関心が高まることが期待できます。
特別奨励金
よく検討されているのが、特別奨励金です。
例えば「今回限り、初回月の奨励金は、1,000円アップ!」というようなキャンペーンのようなことです。
変動的な奨励金制度
変動的な奨励金制度とは、一律な奨励金ではなく、会社の目的に応じて変動させる奨励金制度です。
例えば、以下のようなことが考えられます。
- 拠出金額によって、変動させる。例えば、拠出金額が1万円以下の人の奨励金3%であり、1万円超の人の奨励金は5%になる。
- 入会期間によって、変動させる。例えば、入会期間が5年までは奨励金が3%、5年を超えると奨励金は5%になる。
- 業績によって、変動させる。例えば、営業利益が5億円未満であれば奨励金が3%、5億円を超えると5%になる。など
このようにすれば、入会しよう、または拠出金額を増額させようという動機になると考えます。
なお、証券会社がそのような事務対応が出来るかどうか、どのような事務手続きが発生するのかという確認が必要になります。
会員の範囲
パートアルバイトを含め、会員の範囲を最大限にすることをおススメします。
ただし退職率が高い会社や季節労働的なパートアルバイトが多い業種などについては、事務負担が煩雑になるリスクがあります。
融資制度
従業員持株会で保有する株式や拠出金を担保とした、融資を行っている会社があります。
持株会への拠出金を増額すると、手持ちの現金が目減りするという不安を持つ人に対する方策です。
会社が直接融資するのではなく、共済が融資するという会社が多くあります。
従業員持株会の会計と税務
従業員持株会にかかるランニングコストは、主に「奨励金」「事務委託証券会社へ支払う事務手数料」「振込手数料」になります。
従業員持株会と福利厚生費
「奨励金」「事務委託証券会社へ支払う事務手数料」「振込手数料」のすべては、会計上、福利厚生費として費用計上することが一般的です。
従業員持株会の税務
「奨励金」と「事務委託証券会社へ支払う事務手数料」については、従業員持株会の会員の給与所得に加えられ、所得税の源泉を要することになります。
従業員持株会の退会時に株式売却益を得た場合は、分離課税の対象となり、原則として確定申告が必要になります。
一定以上配当や株式等の譲渡が行われた際、税務調書の作成提出が必要になります。
従業員持株会とインサイダー
会社が上場すると従業員は、インサイダーに気を付ける必要があります。
従業員持株会の特徴は、自社株式の買付については、インサイダー適用が除外されるという点になります。
しかし、株式の買付以外については、インサイダー適用除外がされないことがあります。
表7に従業員持株会の運用におけるインサイダー取引の影響についてまとめました。
表7 従業員持株会の運用におけるインサイダー取引の影響
従業員持株会の運用 | インサイダーの影響 |
---|---|
持株会の入会時 | 影響あり |
持株会の退会時 | 特になし |
拠出金の変更時 | 影響あり |
持株会の休止・再開時 | 特になし |
株式の買付時 | 特になし |
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